熊本県天草市西部(旧有明町・本渡市)の古墳


権六古墳 【市史跡】

 天草市下津浦字権六2975-1、有明歴史民俗資料館の前の小高い山の山頂にあり、民家の裏から登り道があります。名称が古墳となっていますが、弥生後期の単体の箱式石棺とも考えられています。露出している石棺はかなり崩壊しており、わずかに内部を覗くことができます。

箱式石棺が崩壊

石の祠の裏から覗いた内部


志柿大松道古墳 【市史跡】

 天草市志柿町字大松道4384-2、国道324号線沿いにある西原商会のところから山側の道に入ると、すぐに標識があります。海を見下ろす丘陵斜面に築かれた径10mほどの円墳で、横穴式石室が開口。玄室は2.2×2.3m、高さ2.4m以上、奥壁の1.7mの高さに石棚が架かっています。古墳の前面は急斜面となっていて、羨道の石材が散乱しています。古墳までは急斜面を登ることになるので注意してください。

石室開口部

羨道から玄門、入口はかなり狭い

玄室奥壁と石棚

玄室奥から


楠浦新田(鬼塚)古墳 【市史跡】

 天草市楠浦町字鬼塚9381、県道26号線沿いにある「すずめラーメン」の三叉路を西へ曲がり500m進むと、北のほうにある丘陵上に開口した石室が見えています。現状で径15mほどの円墳で、横穴式石室が南に開口。羨道が一部崩れていますが、玄室はかなり良好に残っていて、2.6×2.2m、高さ2.3mの大きさです。典型的な肥後型石室の形態をしています。なお、地元では鬼塚と呼ばれていますが、ここの地権者も鬼塚さんというらしい。

 

石室実測図

石室入口、短い羨道と玄門

玄室奥壁

玄室奥から


鬼の鼻古墳(立浦古墳群)

 天草市楠浦町字南古郷4885、県道26号線を南下すると、清掃センターへの入口の脇に登り道があり、そこを登るとゲートボール場があります。その奧の林の中に横穴式石室が半壊して露出しています。基底部で玄室長2.5m、幅2.1m、現存高2.2mの大きさで、肥後型石室の形態を示していますが、奥壁、右側壁、天井はほとんど失われています。袖石は板石を左右に立て、羨道は幅1.5mほどです。羨道には巨大な天井石が落ち込んでいます。

石室入口付近、巨大な天井石が落下

玄室奥壁方向

玄室左側壁

玄室奥から入口方向


須森古墳 【市史跡】

 天草市下浦町出崎2440、下浦郵便局の南側の入り江の西岸先端に小さな八幡社があり、その社殿の裏の林の中にあります。径10mほどの円墳で、横穴式石室が開口。玄室は2.1×1.4m、高さ2.2mの大きさで、腰石が赤く塗られています。羨道は破壊されてかなり埋もれているので、入口は狭いです。玄室も石材が随所で割れていて、壁も傾いてきているので早晩崩壊するかも知れません。

神社の奧にある

羨道から玄門、入口は狭い

玄室奥壁、内部は狭い

玄室奥から


湯貫新田古墳

 天草市下浦町湯貫、国道266号線を本渡東小学校から南へ700m、三叉路を山側へ曲がり600mほど進んだ左側の山林の中にあります。道路から50mほど登った先に石室が見えてきます。墳丘はかなり流失し、半壊状態の横穴式石室が露出していますが、玄門部や左側壁は良く残っています。特に玄門には扉石がそのまま残っています。奧、側壁は小さな割石を積み上げており、上部はかなり持ち送っていたと思われます。

玄門部、扉石が見えている

奥壁(左)と左側壁

玄室奥から

玄門にそのまま残る扉石


金左衛門鬼塚古墳

 天草市下浦町字金左衛門山9593-12、金焼港から県道を南に進むと、山に突入する直前で道がカーブしていて、そのすぐ左側に古墳が見えています。径10mほどの円墳ですが、墳丘は上部を失って、天井部を無くした横穴式石室が露出しています。玄室は2.4×2.2mのほぼ正方形で、奥壁の石材が前側へ倒れ込んでいます。側壁は腰石の上に割石を積み上げています。羨道部は細長く、比較的残りが良いのですが、つっかえ棒で補強しているので通過はできません。

県道から見えています

石室入口

玄室奥から玄門と右側壁

玄室左側壁、割石の積み方がしっかりしている


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