明日香村の古墳


都塚古墳(17-B-199)

 県史跡。明日香村阪田、石舞台古墳の南東400mにある1辺28mの方墳です。6世紀後半の築造で、南向きに横穴式石室が開口。全長12.2m、玄室長5.3m、幅3m、高さ3.5m、羨道長7m、幅1.9m、高さ1.9mの両袖式で、天井部は前後に丸いドーム状になっています。玄室内に凝灰岩製のくり抜き式家形石棺がほぼ完存しており、前側はかなり風化していますが、奥壁側は保存状態良好で、エッジが良く残っています。しかし、どう見ても、玄門よりも石棺の方が大きいんですけど・・・。一説には石舞台古墳と都塚古墳が蘇我蝦夷・入鹿父子の双墓ではないかと言われていますが、同時に死んだ二人の墓にしては石室や石材の規模があまりに違いすぎるような気がします。

石室正面、羨道部の天井石は失われている。

石棺の奥側は縄掛突起がきれいに残っている

石棺が玄室の平面スペースのかなりを占めている

石棺を通すには狭すぎる玄門部。天井はドーム状

岩屋山古墳(17-A-156)

 国史跡。明日香村打越、一辺54m、高さ5mの三段築成の大型方墳です。花崗岩の切石で築かれた整美な横穴式石室は全長16.7m、玄室長4.72m、幅2.7m、高さ2.6m、羨道長12m、幅1.93m、高さ1.8mの両袖式で、玄室奥壁・側壁と羨道入り口付近は二段積み、羨道の天井が玄室手前で一段低くなっていて、その部分は一段積みです。玄室では下段を垂直に上段をやや内傾させています。羨道手前の天井石には水の侵入を防ぐための溝が加工されていて、また、前面が斜めに加工されており、明らかに当初から露出していたと思われます。石材の隙間に詰められた漆喰は後世のものです。

石室正面、向かって左側は墳丘が流失している

羨道、途中で天井が一段低くなっている。漆喰は後世のもの

奥壁、巨石の二段積み

玄門部

玄室天井石は巨大な一枚石

羨道天井石には水の侵入を防ぐ溝付き


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