飛鳥西部の古墳


小谷古墳(14-C-493)

 県史跡。橿原市鳥屋町、橿原ニュータウン西の丘陵斜面にあります。貝吹山から北東に延びた尾根の南斜面を長さ150mにわたって整地し、小谷、小谷東の2基の古墳を築造したいわゆる双墓になります。小谷古墳は封土はほとんど失われていますが、径30mの円墳または方墳と思われます。巨石を使用した横穴式石室が南に開口、全長11.6m、羨道長6.4m、幅1.9m、高さ1.8m、玄室長5m、幅2.8m、高さ2.7mの両袖式で、花崗岩の切石を玄室二段、羨道一段に積み、玄室の上段は内傾させる岩屋山タイプの構造をしています。特に玄室の天井石は石舞台のものより巨大といわれています。玄室には身の大きさ2.4×1.1×0.82mの竜山石製のくり抜き式家形石棺が残っていて、蓋は蒲鉾形をしていて、新しい形態です。

牽牛子塚古墳(17-A-151)

 国史跡。明日香村真弓、飛鳥檜前を見下ろす丘陵上にあり、墳丘は現状ではわかりにくいですが、二段築成の八角形墳と思われ、北西側に切石の外護列石が一部残っています。主体部は巨大な凝灰岩をくり抜いた横口式石槨で、中央に間仕切りを残して、左右の複室構造にしています。これは古墳の石材としては、日本最大のものです。これより巨大な益田岩船や石の宝殿は未完成で放置されており、おそらくこの辺が限界なのでしょう。実際、牽牛子塚でも大きな亀裂が認められます。各室には1.9m×0.8m、高さ0.1mの棺台が削り出されていて、夾紵棺の破片や七宝金具などが出土しています。

基壇部を入れると径30mの規模

石槨開口部、扉石は前に倒れています

西室

東室

←間仕切りは角がきれいにコーナーカットされています。

また、天井隅のコーナーRも美しい仕上げ

真弓鑵子塚古墳(17-A-147)

 明日香村真弓、貝吹山南麓の丘陵先端に築かれた径23m、高さ5mの円墳で、南に横穴式石室が開口しています。全長15.2mで、規模の割には小型の石材をドーム状に積み上げた巨大な玄室は玄室長6.3m、幅4.2m、高さ4.8mの規模で、奈良県では丸山古墳に次いで広い空間を有しています。羨道長8.9m、幅2.26m、高さ2.35mの右片袖式で、奥壁の東端に奥室が付設されています。それにしてもこの古墳がなぜ史跡に指定されていないのか不思議です。

丘陵先端にあり、墳丘規模以上に大きく見える

南側の羨道開口部

玄門部

奥壁、右端に奥室がある

奥室から羨道を見る、ほとんど一直線

奥室の奥壁は崩れて開口しています

乾城(カンジョ)古墳(17-A-114)

 県指定史跡。高取町与楽、貝吹山南麓の丘陵先端に築かれた一辺35mの方墳ですが、北側と西側がかなり削られています。南に横穴式石室が開口、玄室長5.7m、幅3.6m、高さ5.1mの両袖式で、奈良県内で最も高い石室です。四壁とも4〜5段積みで持ち送り、ドーム状の天井は一枚石です。羨道は現存長3m、幅1.5m、推定高さ1.5mで、閉塞石が少し残っていました。

調査前の開口部、羨道はほとんど埋まっている

調査後、手前に閉塞石も少し残ってました

与楽鑵子塚古墳(17-A-106)

 県指定史跡。高取町与楽、貝吹山南麓の丘尾を切断して築かれた径24m、高さ7mの円墳です。乾城古墳同様、背の高い横穴式石室が南に開口していますが、開口部は非常に狭いです。玄室長4.15m、幅3.15m、高さ4.5m以上、羨道長2m以上、幅1.4m、高さ1m以上の右片袖式です。未調査なので、詳細は不明です。

寺崎白壁塚古墳(17-A-613)

 高取町寺崎、貝吹山南麓の尾根の南斜面をカットして築かれた山寄せの方墳です。整地面に二段の墳丘を築き、その下の斜面を基壇状に造成し、正面から見ると巨大な三段築成の墳丘に見える段ノ塚古墳と似た形態をしています。1998年に調査され、整美な横口式石槨が検出されました。奥室は長さ2.24m、幅1.1m、高さ0.9m、羨道長8.8m、幅1.6〜1.9m、高さ1.6mの規模で花崗岩で築かれています。

南斜面を大規模に整地している

石槨正面、羨道

石槨内部、隙間に漆喰が見られる


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