鳥取県大山町妻木晩田遺跡の古墳


 妻木晩田遺跡は大山町と米子市淀江町に跨る晩田山丘陵上のほぼ全域に広がる大遺跡で、弥生〜古墳期の住居跡、建物跡などとともに、弥生時代の墳墓34基と晩田山古墳群が存在しています。遺跡は整備され、県立むきばんだ史跡公園として公開されています。

洞ノ原墳墓群

   1998年の発掘調査の様子

 洞ノ原地区東側丘陵には、一世紀後半〜二世紀前半の約100年間に25基の墳墓が築かれました。このうち、11基は四隅突出型墳丘墓で、大型の墳墓の周囲に小型の墓が取り巻いています。群中、最初に築かれた2号墓は方形墳丘墓ですが、隅に大きな石が置かれて、四隅を強調しており、四隅突出墳丘墓に変化していく前段階の姿を示しています。

1号墓、6.5×5.4×0.4mの四隅突出型墳丘墓

15号墓

2号墓、最初に築かれた方形墳丘墓、隅に強調石

手前が5号墓、奧が4号墓

中央左が6号墓、右が14号墓

手前から17、13、12号墓

16号墓

11号墓、1.55×1.25×0.2mの四隅突出型墳丘墓

左が9号墓、右が10号墓

8号墓、4.9×4.4×0.26mの四隅突出型墳丘墓

18号墓

7号墓


晩田山古墳群

 

 洞ノ原地区西側丘陵では、弥生時代に環濠集落が築かれましたが、集落はその後衰退し、古墳時代前期には、集落跡の上に古墳群が築かれはじめます。3号墳は全長60mの前期前方後円墳でしたが、下層の集落跡を調査するために消滅しました。

17号墓

29号墓

消滅した前方後円墳の3号墓

1998年、発掘調査中の晩田山古墳群、箱式石棺出土

弥生期の集落跡の上に土嚢で築かれた墳丘

弥生期の環濠


<ホームへ戻る>

inserted by FC2 system