宮崎県えびの市の古墳


千人塚(飯野村古墳) 【県史跡】

 飯野村古墳は、えびの市原田の街中に分布する地下式横穴墓群で12基からなりますが、見学できるのは墳丘を伴う千人塚のみです。えびの飯野駅前の道を左へ300m進み、小道を左へ曲がるとすぐにあります。住宅と道路に大きく削られていますが、径20mの円墳で、地下式横穴墓にともなう墳丘です。墳丘上には千人塚供養塔があり、出土した人骨が納められているそうです。

道路でかなり削られている

左側はごっそり消失

墳丘上にある供養塔


小木原地下式横穴墓群(小木原古墳) 【市史跡】

 えびの市上江。小木原の台地上には東西1.3km、南北500mの範囲内に400基以上の地下式横穴墓が発見されており、西端の約130基が小木原地下式横穴墓群です。そのうち、上江小学校の西1kmの道路沿いにある墳丘1、地下式横穴墓3基が市史跡となっています。現地に保存されている墳丘は径9.8mの非常に低いマウンドで、主体部は地下式横穴墓ですが、玄室内部は未調査です。

道路沿いにある

低い墳丘


灰塚1号板石積石棺墓

 1973年、九州縦貫自動車道建設に伴い五世紀頃の地下式横穴墓17基、板石積石棺墓3基が発見、調査されました。このうち1号板石積石棺墓が保存状態が良好であったため、現在はえびの市歴史民俗資料館に移築保存されています。径2.1m、深さ0.7mの円形の坑の周囲に板石で側壁を築き、その上に板石を持ち送ってドーム状の天井を構築しています。鉄剣二本が出土し、二体埋葬されていたと考えられます。

ほぼ完存していた石棺墓

内部


島内地下式横穴墓群 【管理人推薦】

 

 島内地下式横穴墓群は、えびの市島内字平松の川内川南岸の台地上にあり、東西650m、南北350mの範囲の広大な農地の地下に推定で1000基以上存在すると考えられています。これまで約130基以上が調査され、出土品の多くが重要文化財に指定されています。現在、整備が進められており、平成20年に調査された横穴式石室の特徴を持った横穴系板石積石棺墓が覆屋に現状保存されています。この石棺墓は2m四方の隅丸方形の玄室南側に玄門、羨道を設けており、底の部分が良好に残っていました。

横穴系板石積石棺墓

 2014年に上記の横穴系板石積石棺墓の保存施設整備中に発見された139号墓は大量の副葬品が未盗掘の状態で発見されました。横穴墓は竪坑深さ1.6m、長さ2.3m、幅1.8m、羨道長0.9m、玄室長2.2m、幅3.1m、玄室天井はドーム状で、屋根状に加工されています。人骨は男女二体検出。副葬品は、朝鮮半島製銀装円頭大刀(国内の類例稀少)、甲冑一式(衝角付冑、短甲、頸甲、肩甲、革製草摺が完璧に揃う)、矢300本(黒漆塗矢羽根含む)、首長クラスの豪華装飾馬具(島内では初)、倣製鏡、平胡ロク(完形品は初らしい)・・・以下省略。副葬品の内容から、被葬者は軍事、交易でヤマト政権と関わりのある五世紀末〜六世紀初頭頃の首長と、その妻?ではないかと想定されます。

現地説明会の様子、左の建物が石棺墓の保存施設

竪坑と羨門

羨門

玄室右側壁側

玄室奥壁、天井が落ちかかってます

玄室左側壁側、削った跡が生々しい

右側壁側の遺物、馬具類など

中央の遺物、鉄鏃、黒漆塗矢柄端部、甲冑、大刀など

左側壁側の遺物、衝角付冑、円頭大刀、人骨、鏡など


真幸村古墳 【県史跡】

 島内地下式横穴墓群のある場所にはかつて12基の円墳があり、真幸村古墳として県史跡に指定されていましたが、なぜかほとんど消滅し、現在は1基が残るだけです。径23mの円墳で、主体部は不明ですが、地下式横穴墓と考えられています。

 


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