福岡県福津市の古墳


新原・奴山古墳群 【国史跡(津屋崎古墳群)】

 世界遺産暫定リスト「宗像・沖ノ島と関連遺跡群」。福津市勝浦、奴山一帯の玄界灘を望む低い丘陵上に築かれた古墳群で、前方後円墳5、円墳42、方墳1基からなります。国道495号線沿いにある大きなカントリーエレベーターが目印で、その周辺の国道西側に5〜14号墳、国道上に1〜4号墳、東側に残りの古墳が東西約1kmにわたって連なっています。国道とカントリーエレベーターの建設で2〜6号墳は消滅しています。現在、史跡公園化を目指して、全域が国史跡の追加指定と公有化が進められています。

  分布図

JAの奧にある12号墳、前方後円墳

国道付近から東側、左側15号墳、右の半壊したのが19号墳?、その間の奧に21号墳か?

20号墳

24号墳、前方後円墳

25号墳

30号墳、前方後円墳

台地縁辺に一直線に並ぶ34〜43号墳


須多田下ノ口古墳 【国史跡(津屋崎古墳群)】

 世界遺産暫定リスト「宗像・沖ノ島と関連遺跡群」。福津市須多田、須多田集落の南の端にある全長82.8mの前方後円墳で、二重の周溝が巡ります。現状は後円部の一部だけが残っていますが、西側の水田が前方後円形の痕跡を残しています。後円部上は、かなり削られて観音堂が建てられていますが、お堂の裏には横穴式石室の一部と思われる石材が露出しています。六世紀後半の築造です。


宮地嶽古墳 【管理人特選】【国史跡(津屋崎古墳群)】

 出土品は国宝。世界遺産暫定リスト「宗像・沖ノ島と関連遺跡群」。福津市の宮地嶽神社境内にあります。墳丘は現状で27m×34mの楕円形ですが、裾が削られており、元々は径35mの円墳と思われます。主体部は超大型の横穴式石室で、奥壁からさらに奧に横口式石槨が設けられています。全長23.1m、玄室長11.7m、最大幅2.8m、最大高さ3.1m、羨道長7.9m、石槨長3.5mの無袖式です。玄室の左右側壁は巨石一段積みで、奧から二つ目の左右石材に1.9m×1.3×0.7mの龕がほぼ対称に彫られ、床面には扁平な巨石が敷き詰められています。羨道は二段積みです。石槨は不動尊が祭られており、床部分の形態が不明です。七世紀の終末期古墳で被葬者は胸形君徳善と推定されています。石室内部には普段入れませんが、1/28、2/28、7/28の三日間のみ、石室内部に入ることができます。相手により、特別に公開することもあるそうです。

 2013年7月28日の夏季大祭に合わせて訪問してきました。古墳へ向かう参道に親子連れがたくさんいて、ええっ、こんなに古墳を見に行く人がいるの?と焦りましたが、皆さんのお目当ては、古墳手前の参道で行われる素麺流しでした。拝殿から石室に入ると、入口付近の側壁は小型の石材ですが、そこから5mくらいまでは二段積みとなり、それ以降は巨石一段積みで奥壁まで左右とも四石並んでいます。最大の石材は4×3m以上あり、龕もかなり大型です。奥壁にある石槨は祭壇などで隠されていて見えません。無袖式ですが、龕のある位置が最も巾が広くなっていて、いかにもこの辺りで祭祀を行ったような雰囲気があります。年三回しか公開されませんが、死ぬまでに一度は見ておきたい超巨石室です。

拝殿、内部に石室開口

墳丘裏側、裾は削られている

拝殿内部、石室入口

入口付近、石材は小さめ

ここから、側壁が巨石一段積みとなる

奧から二石目、両側壁に大きな龕がある。

最奧部、奥壁の石槨は見えない

奧から入口方向


手光波切不動古墳 【管理人推薦】【市史跡】

 世界遺産暫定リスト「宗像・沖ノ島と関連遺跡群」。福津市手光1615、県道97号線光陽台交差点すぐ東にあります。径20mの円墳で、大型の横穴式石室が南に開口。全長10.8m、玄室長1.8m、幅1.6m、高さ2m、羨道長6.9m、幅1.4m、高さ1.5mの両袖式で、玄室の奧には宮地嶽古墳のように石槨が設けられています。石槨長2.1m、幅1.3m、高さ1.9m、石槨の前には仕切石が置かれています。側壁はすべて切石の一段積みで、床面にも巨石が敷き詰められています。宮地嶽古墳に次ぐ七世紀中頃の首長墓と思われます。すぐ西の民有地内に2号墳があります。

墳丘

羨道

玄室、石槨の前に仕切石がある

石槨

奧から玄門部

民家の奧の方に2号墳


小竹石穴古墳 【管理人推薦】

 福津市小竹、手光波切不動古墳から県道を東へ2km、東福間団地内の神輿小学校すぐ北の丘陵先端にあり、登り口に標識があります。墳丘は径15mほどの円墳で、横穴式石室が南東に開口。内部には不動尊を祭っています。全長8.2m、玄室長3.8m、幅1.7m、高さ1.9m以上、羨道長3.4m、幅1.2mの両袖式で、石材は余り加工せず、側壁は持ち送っています。玄室は完存していますが、羨道部は天井石を失っています。六世紀後半の築造です。

羨道部

石室正面

玄室奥壁

奧から


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