愛知県扶桑町・大口町・江南市の古墳


長泉塚古墳 【県史跡】

 愛知県扶桑町高雄の高雄住宅となりにあり、県道192号線に大きな看板が出ています。径30m弱の円墳で、二段築成の墳丘が良く残っていて、東側に周溝の痕跡が残っています。未調査のため、内容はまったく不明です。


船塚古墳 【町史跡】

 扶桑町高雄、長泉塚古墳の西500m、扶桑東小学校のすぐ西に船塚神社として祭られています。後期の前方後円墳ですが、明治時代に前方部が削られ、現在は道路と畑になっています。道路沿いに横穴式石室の石材が一部露出しています。


白山古墳群 【町史跡】

 古墳名は旧称

 大口町下小口の白山神社境内と北側の「白山ふれあいの森」にある古墳群で、愛知県遺跡地図には7基とされていますが、確認できるのは6基です。このうち、弥生後期の集落跡である仁所野遺跡と重複する3基は昭和59年の調査で集落に伴う弥生後期の墓と判明しました。神社境内にある1号墳は全長49mの前方後方墳で、墳丘の上に社殿が建てられています。ふれあいの森には、1、2号方形周溝墓(旧3、4号墳)と方形台状墓(旧2号墳)があります。ふれあいの森の北側にある5号墳は径20mの円墳で、一見きれいな墳丘が良好に残っていますが、墳頂には小祠が祭られているので改変されていそうです。道路を挟んだ東側には小円墳の6号墳があります。未調査の古墳の詳細は不明です。

1号墳、前方後方墳

方形台状墓(旧2号墳)

1号方形周溝墓(旧3号墳)

2号方形周溝墓(旧4号墳)

5号墳、径20mの円墳

6号墳、円墳


桜塚古墳 【町史跡】

 大口町秋田、県道179号線の桜橋の東側にあります。径14m、高さ2.5mの円墳で、昭和初期に発掘(おそらく盗掘)されましたが、河原石が積まれていたのみで出土品はなかったとされています。その名の通り、墳丘上の桜が名物となっています。

 


しょうねん塚古墳 【町史跡】

 大口町大屋敷三丁目の大屋敷交差点の東にあります。径15mの円墳ですが、かなり改変されています。かつて、横穴式石室の石材が露出していたそうです。


大日塚古墳 【町史跡】

 大口町大屋敷二丁目、しょうねん塚古墳の北300mにあります。径25×23mの円墳で、墳丘上部や東側裾が削られています。未調査のため詳細は不明です。

 


善光寺塚古墳 【町史跡】

 大口町上小口の丹羽消防署向いにあります。径27m、高さ3.5mの円墳で、三段築成のようです。後期古墳ですが、内容はまったく不明です。

 


神福神社古墳

 大口町豊田の神福神社境内にあります。現状で前方後円墳のように見えますが、社殿に向かって左側は近世に付け足された墳丘で、右側だけが本来の墳丘です。径30mの円墳で、墳丘の中央が大きく陥没して、埋葬施設が根こそぎ失われているようです。出土遺物はありませんが、六世紀の築造と思われます。

社殿の右側が墳丘

墳丘中央の巨大な陥没


白木古墳

 大口町豊田、上記の神福神社の西300mの農地の中にあり、現在墓地となっています。墳丘は削られ、わずかな高まりが有る程度ですが、元は径12mの円墳だったそうです。周辺の畑に須恵期片などが散乱しています。

 


曽本二子山古墳

 江南市曽本町二子、県道172号線のすぐ北の公園内に整備保存されています。標高15mの低地に築かれた全長60m、後円部径35mの前方後円墳で、前方部がかなり破壊されてしまっています。前方部の裾に巨石が二個置かれており、石室材と思われます。1800年代に二回発掘されましたが、馬具が東京国立博物館に残っている以外は、出土品は行方不明だそうです。五世紀末頃の築造です。

後円部、左が前方部

前方部

後円部から前方部

前方部裾にある巨石


富士塚古墳

 江南市南山町東、二子山古墳の北1km、デイサービスセンターの南にあります。現状は径15mほどの円墳ですが、本来は前方後円墳で、前方部が畑化しています。埴輪、須恵器が出土しており、五世紀頃の築造と思われます。安土桃山時代に、小牧・長久手の戦いで、徳川家康が、富士塚に登って、秀吉軍の陣形を見渡したという伝承があります。

 


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