千葉県富津市の古墳


上野塚古墳

 富津市大堀のJR内房線青堀駅前にあり、別名、青堀駅前古墳と呼ばれています(マジ)。五世紀後半の全長44.5mの帆立貝式古墳ですが、駅前広場造成のために破壊され、現在は後円部の一部が残されています。削られた法面に市内の前方後円墳の実測図が陶板で展示されています。発掘調査で墳丘の下から古墳時代前期の集落跡が見つかっています。

 

内裏塚古墳

 国史跡(一部県史跡)。富津市二間塚、JR青堀駅の南500mの県道沿いにあります。全長144m、後円部径82m、県下最大の大型前方後円墳で、葺石、埴輪列を持ち、周囲には幅30mの周濠の痕跡も残されています。明治時代に調査され、後円部に竪穴式石室が2基、見つかっています。五世紀中頃の築造です。

 

三条塚古墳

 市史跡。富津市下飯野、内裏塚古墳の東600m、飯野陣屋跡の内側にあります。全長122m、後円部径57m、前方部幅72mの前方後円墳で、二重周濠、周庭帯も含めると全長193mになります。前方部が良く発達した六世紀末頃の築造で、外濠がそのまま飯野陣屋の堀に利用されています。後円部中央にある横穴式石室は全長8.5m以上、幅1.5m、現在は石材が露出していますが、玄室部分は未調査です。内裏塚古墳群では最後に築かれた首長墓で、この時期としては東日本最大の規模です。

  

九条塚古墳

 市史跡。富津市下飯野767、内裏塚古墳から県道を南へ1kmほど行った東側にあります。二重周濠を持つ全長103mの前方後円墳で、周濠も含めると全長150mになります。明治時代に発掘され、全長9.45mの横穴式石室が見つかっていますが現在は見ることはできません。出土した須恵器から、六世紀中頃の築造と思われます。

 

稲荷山古墳

 市史跡。富津市青木、九条塚古墳の西1km、外房線の線路を越えた水田の中にあります。全長106m、前方部の極端に発達した前方後円墳で、周囲の水田に盾形周濠の痕跡がほぼ完全に残っています。主体部は未調査ですが、横穴式石室と思われます。六世紀後半、内裏塚古墳群では三条塚古墳の前に築かれました。

 

弁天山古墳

 国史跡。富津市小久保、内裏塚の南4km、富津市中央公民館の敷地内にあります。全長87.5m、後円部径50m、前方部幅54.5mの前方後円墳で、後円部に竪穴式石室が残っています。4.9m×0.96mの大きさで、側壁は川原石を積み、天井石は三枚。中央の板石には縄掛突起が付いています。かつては墳丘はかなり崩れていましたが、現在は盛り土で復元され、石室も覆屋で保護されています。東京湾を望む位置に五世紀後半に築かれた首長墓です。

 

露出した竪穴式石室

石室内部


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