姫路市東部の古墳


壇場山古墳 【管理人特選】

 国指定史跡(第1、2、3古墳を含む)。姫路市御国野町国分寺、JR御着駅の北500mにありますが、工場や団地に囲まれて、けっこう見逃しやすい状況にあります。全長141.3m、西播磨最大の前方後円墳で、五世紀の築造、周濠が巡る典型的な中期の大型前方後円墳で、陪塚が2基残っています。後円部墳頂に長持形石棺(長さ3m、幅1.4m)の蓋石が露出しています。石室がなく、直接埋められたようです、各辺に2個ずつ縄掛突起がついています。かつて墳丘上には天満神社が建っていましたが、現在は撤去されています。

周濠跡も完存している。奧が前方部

後円部から前方部

後円部墳頂の長持形石棺

小口側の縄掛突起

左/陪塚の林堂東塚古墳(第1古墳)、東側の民家の合間にある小円墳です。

 

左下、下/陪塚の櫛之堂古墳(第2古墳)、南西側にあり、長持形石棺の小口の石材が露出しています。径20m以上の円墳と思われます。

 

 

 

山之腰古墳 【管理人特選】

 国指定史跡(壇場山第3号墳)。壇場山古墳の北に隣接する1辺50m、二段築成の大型方墳で、周濠が巡り、墳頂に長持形石棺が露出しています。石棺は長さ2.5m、幅1.2mで縄掛け突起が左右2個ずつあります。

真福寺石棺仏

 姫路市御国野町深志野の真福寺境内にあり、二基の石棺仏が南の田圃に面して建てられています。向かって左側は1.43m×0.96mの石棺蓋石に阿弥陀座像を半肉彫りしていて、大永七年(1527)の銘があり、両親の供養のために造立されたようです。右側は1.16m×0.77mの家形石棺の蓋石に地蔵立像が半肉彫りされています。銘はありませんが、室町時代の様式です。

 

阿弥陀座像

地蔵立像

真禅寺石棺仏

 姫路市別所町北宿、真禅寺境内に二体の石棺仏があります。本堂前にあるものは1.08m×0.87mの家形石棺の蓋石内側に阿弥陀座像を半肉彫りしたもので、文永二年(1265)の銘がありますが、紀年銘がある石棺仏としては、日本最古と言われています。上部の棺材の段違いをそのまま活かした庇状の紋様も他に例がありません。墓地にある一体は家形石棺の蓋石に阿弥陀座像が半肉彫りされたもので、紋様が図形化された珍しい様式です。銘はありませんが、室町時代の作と考えられます。

文永紀年銘石棺仏

図形化された紋様の石棺仏

仏心寺石棺

 姫路市別所町小林の仏心寺境内にあります。長さ1.2mほどの家形石棺の蓋で、1744年に近くの川の土手から掘り出されたという記録が残っています。

 

小林石棺

 姫路市別所町小林、姫路別所駅東の住宅地の中のJR線路沿いに地蔵堂があり、その隣りに置かれています。長持ち形石棺の一部と思われ、縄掛突起の大きさから、かなりの大型石棺と思われます。

豆崎地蔵堂石棺

 上記小林石棺の東500m、位置的には高砂市になりますが、豆崎の集落内にある地蔵堂の横に長持ち形石棺の一部が置かれています。大きさや縄掛突起の形から見て、小林石棺と一対のものだと考えられています。

 

三ツ塚古墳(佐土新村前古墳)

 別所町別所の姫路市立東中学校校庭にあります。名前が示すように、かつては古墳群を形成していたようですが、現在は単独で存在します。墳丘は旧状を留めておらず、横穴式石室の石材が露出しています。内部はかなり埋まっていますが、わずかに覗くことができます。

山神社古墳群

 姫路市別所町佐土新田の山裾にある山神社境内にあります。1号墳は正面右手の玉垣外にあり、石室が完全に露出しています。南西に開口する全長7mの無袖式で天井石が一部落下しています。2号墳は神殿右側にあり、やはり石室が露出しています。全長9mの無袖式で、1号墳よりは保存状態がやや良好です。

1号墳

左上/奥より

上/石室内、奥壁側より

左/正面

 

2号墳

左上/正面

上/石室内、奥壁は消失

左/奥壁側より

石積山古墳群

 姫路市花田町、天満神社西に1基石室が露出。石室は倉庫と化しています。近くの定額寺に古墳群出土の石棺の底石があります。

佐良和石棺仏

 姫路市飾東町佐良和の地蔵堂に安置されています。87×67cmの石棺材の板石に地蔵立像が半肉彫りされています。貞治二年(1363)の銘があり、「貞治子安地蔵」として信仰を集めています。

 

吉祥寺石棺仏群

 姫路市飾東町佐良和の吉祥寺境内の小堂に、二体の石棺仏が安置されています。向かって左側は地蔵立像、右側は71×59cmの側石に阿弥陀座像が半肉彫りされています。銘はありませんが、ともに南北朝頃の作と見られます。

左側の地蔵立像

右側の阿弥陀座像・・・って、見えません!


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