姫路市北部の古墳


御輿塚古墳 【管理人特選】【県史跡】

 姫路市北平野町1109、北平野集落の谷奥にある溜池東側の竹林内にあります。径15mの円墳で、市内有数の大型横穴式石室が開口しています。全長11.6m、玄室長5.03m、幅2m、高さ2m、羨道長6m、幅1.04m、高さ1.06mの両袖式ですが、左袖部はほとんどありません。玄室、羨道とも天井石は三枚です。玄室には、縄掛突起が装飾化した家形石棺が残っていて、寸法は蓋の長さ2m、幅1.2m、身の長さ1.7m、幅1.3m、高さ0.8mです。

石室入口

玄室と組合せ式家形石棺

玄室奥壁

家形石棺蓋の加工

玄室奧から

玄門、左袖部はほとんどない


北平野天満神社古墳

 古墳とかアレで紹介されていたので、現説の機会に訪問してきました。姫路市北平野、溜池西側の道路を御輿塚の方へ行かずに真っ直ぐ北へ進むと突き当たりに北平野天満神社があり、鳥居の前を通り過ぎた道路すぐ下の斜面にあります。横穴式石室の入口が露出していますが、羨門は埋まっていて、玄室天井部から入室可能です。現状で玄室長5m、幅1.5mくらいで、床が埋まっています。側壁はやや持ち送り、石材は表面を整え、緻密な石組み。御輿塚よりは少し後の築造と思われます。

石室正面、埋まっている

玄室奥壁

玄室奥から


平野古墳跡

 兵庫県遺跡地図では消滅となっているのですが、ここも古墳とかアレで石室跡が残っていると知りましたので、訪問してきました。御輿塚古墳へ向かう手前のため池の北東の水際に石材が露出しています。増水時には多分、水没していると思います。

ため池のほとりに石材が残存

巨石が露出

天井石か?


権現山古墳 【管理人特選】【市史跡】

 御輿塚古墳の東3km、姫路市砥堀の国道312号線砥堀交差点から西へ曲がり、播但線踏切を渡ってすぐ右奥の民家裏にあります。周囲を削られていますが、一辺30mくらいの方墳と見られます。市内最大の横穴式石室が南に開口しており、全長14m、玄室長4.1m、幅2m、高さ約3m、羨道長10m、幅1.8m、高さ約2mの右片袖式で、奥壁は巨大な1枚石が使われています。

石室正面

玄室奥壁、豪快な一枚石

奧から

長い羨道


増位山古墳群

 姫路市砥堀、増位山山上にある古刹随願寺の放生池から東へハイキングコースがあり、標識に従って10分ほどで、横穴式石室が露出しています。兵庫県遺跡地図では、この位置に古墳がないため、これが何号墳にあたるのかはわかりません。玄室長3m以上、幅1.5m、高さ1.5m以上の規模で、天井石は巨大ですが左側壁の石材が微妙なバランスで支えています。

石室正面

奥壁側から、左側壁の石材が落ちそう・・

横から

玄室奥壁、一枚石


念仏堂石棺

 姫路市砥堀、増位山の麓にある随願寺念仏堂の境内にあり、家形石棺の蓋石が手水鉢に転用されています。となりの汲み上げポンプも古くてイカス!

 


白国墓地・地蔵石棺仏

 姫路市白国の白国墓地にあります。73×42×14cmの大きさの側石に地蔵立像を浮彫しています。かなり磨滅していますが、作風から室町中期のものと思われます。ところで、石棺仏の前に置かれている供物台も家形石棺の蓋のような気がします。

地蔵石棺仏

供物台、家形石棺の蓋?


北山古墳(馬瀬7号墳)

 姫路市御立北、自動車道路が北山公園の西でS字に曲がるところから集落内の路地を少し北に入ると道沿いに説明板があり、その30m先の山沿いにあります。現状で径15mほどの円墳ですが、かなり削られています。横穴式石室は羨道が半壊していますが、玄室は完存しています。玄室長5m、幅、高さとも約1.8m小型の石材をあまり加工せず積んでいます。背後の竹林の中にも古墳があるらしいのですが、明確にわかるものはありません。

石室正面、羨道の石材が崩壊し、羨道を塞いでいる

羨道上から玄室入口部

玄室奥壁

玄室奧から


正法寺石棺

 姫路市平野町の正法寺境内に198×96cmの大型の家形石棺の蓋が手水鉢に転用されています。注目すべきは長辺に退化した縄掛突起が3個ずつついています。他には賎機山古墳や、條ウル山古墳など数例しかない珍しい構造です。

 


誓光寺石棺仏、および石棺

 姫路市河間町、姫路城の北側にある誓光寺の境内に、石棺仏と、石棺の身が置かれています。石棺仏は地蔵堂に安置された凝灰岩製の石棺底石に地蔵菩薩立像を半肉彫りしたもので「子安地蔵」として信仰されています。貞治二年(1363年)の銘文があり、南北朝時代の作です。地蔵堂の裏には小型のくり抜き式石棺の身が置かれています。

「子安地蔵」石棺仏

石棺の身


地蔵院石棺仏

 姫路市京町二丁目の地蔵院境内にあります。長持形石棺の長側石の内面に地蔵菩薩立像が半肉彫りされていて、様式から見て、室町時代の作と推定されています。長持形石棺の石棺仏は珍しく、市内では唯一の例です。

 


早川神社石棺

 姫路市阿成の早川神社本殿の裏にあります。石棺の底石が一部破壊されて残っています。くり抜き式石棺の身が破壊されたものかもしれません。

 


西蓮寺石棺

 姫路市辻井の西蓮寺境内にあります。95×55×17cmの小さな組合せ式石棺の底石で、何に使用されていたかは不明です。

 


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