姫路市広畑区・下野群集墳北部


 姫路市広畑区西蒲田、夢前中学校北側の白毛山東山麓に分布する群集墳です。見野や丁と比べると知名度が低く、資料が乏しいのでこれまで内容がよくわからなかったのですが、近年分布測量調査が行われ、ようやく全体像があきらかになってきました。その結果、32基の古墳が確認され、市内でも有数の後期群集墳であり、横穴式石室もいくつか良好に残っていることがわかりました。しかし、100m×400mの非常に広い範囲に分布していて、あまり整備されていないので、全体を見学するのはとても大変です。古墳検定二級以上の方にお奨めします。 【管理人推薦】

 

21号墳

 17号墳から北へ進むと、21号墳があります。径15mの円墳で、天井部を失った横穴式石室が露出しています。玄室は2×1.5mほどの大きさで、羨道は埋まっています。

露出した石室、奥壁側から

玄室奥壁付近

22号墳

 21号墳のすぐ山側に22号墳がありますが、薮が邪魔をしていますので訪問するには一旦北へ進み、24号墳のあたりから南へ入っていく小道があります。さて、この22号墳は径21mの円墳で、墳丘、横穴式石室ともに群中最大の盟主墳的存在です。石室全長9.6m、玄室長3.7m、幅2m、高さ2.6m、羨道幅1.6mの左片袖式で、奧・側壁は巨石を基底に据え、その上に小さな石材を積み上げています。袖石は柱石を立て、羨道の天井が一段下がっていますが、袖石の位置とずれています。天井石は羨道三枚、玄室二枚の巨石を使用しています。

石室正面

羨道奧から

玄室奥壁

玄室奧から、袖石と前壁がずれている

23号墳

 21号墳の北側は少し視界の開けた山林となっていて、その先に23号墳があります。径15mの円墳で、大きな横穴式石室の天井石が1個露出しています。内部はほとんど埋まっています。

巨大な天井石が露出

天井石の下側

24号墳

 23号墳のすぐ山側にある24号墳は径15mの円墳で、横穴式石室が良好に残っています。石室全長6.4m、玄室長3.4m、幅2m、高さ2.3m以上、羨道幅1.3mの右片袖式で、奧壁は三段、側壁は4〜6段に横積みし、天井石はやや小さめの石材です。袖の方向はとなりの22号墳とは逆です。入口に板状の石材が入口を塞ぐように置かれており、閉塞石の可能性があります。

石室正面、板状の石材が入口を塞いでいる

羨道

玄室奥壁

玄室奧から、右片袖式

25号墳

 24号墳の奧にある大きな墳丘が25号墳です。径19mの円墳で、横穴式石室が残っていますが、羨道側は完全に埋まっていて、奥壁が開口しています。全長9.2m、玄室長3.4m、幅1.7m、高さ1.8m、羨道幅1.5mの左片袖式で、側壁は割石を横積みし、奥壁はおそらく横に二枚と思われます。床に0.9×0.5mほどの箱式石棺が残っています。土圧でかなり傾いてきています。

石室正面

開口する奥壁側

玄室奥壁

玄室奧から、箱式石棺が残る

26号墳

 25号墳のさらに奧に26号墳があります。径12mの円墳で、横穴式石室が崩壊して石材が露出しています。隣りに28号墳があるはずですが、薮で近づけません。

羨道付近か?

玄室付近

27、32号墳

 26号墳から東に下っていくと27号墳があります。径10mの円墳で、石材が散乱しています。麓近くには32号墳があります。なぜか(仮)35号墳と札に書かれています。径15mの円墳で、墳丘はほとんど消滅。横穴式石室の基底部が露出しています。石材もほとんど失われています。

27号墳

32号墳

29号墳

 32号墳の北100mに1基のみ離れて存在する29号墳があり、古墳群の北端にあたります。径13mの円墳で、横穴式石室が完存。全長4.8m、幅1.2m、高さ1.4m、羨道幅1.5mの無袖式で、玄室と羨道の区別はありません。奥壁は巨石一枚+αで、側壁は細長い石を横目を揃えて積んでいます。天井石は巨石二枚を架けています。石室内には石棺材が二基分置かれています。入口側は幅68cmの組合せ式石棺の底石で、段加工がされています。奧の石棺は160×75×60cmの箱式石棺で、底石は埋まっていて、あるのかないのか不明です。石室形態からみて、七世紀中頃、群中最後の古墳と思われます。

石室正面

石室内部、側壁の横目地が揃っている

玄室奥壁

玄室奧から

奧側の箱式石棺

手前の石棺底石


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