福岡県広川町・筑後市の古墳


石人山古墳 【管理人推薦】【装飾古墳】【国史跡】

 広川町一條字人形原1435、石人山・弘化谷古墳公園内に保存されています。五世紀前半、全長107m、後円部径53mの前方後円墳で、前方部二段、後円部三段築成。北側くびれ部に造出しがあります。盾形周溝と外堤の痕跡も認められます。くびれ部の上に後円部石室を背にして武装石人(重要文化財)が立っています。高さ1.8mで三角板短甲と草摺を身につけ、靫を背負っています。腰のあたりなどに赤色顔料が残っています。足元には破壊された石材が置かれ、本来は五個体の石人などが存在したと思われます。後円部には竪穴系横口式石室が上部を失って残り、覆屋に保護されています。3.9m×2mの大きさで、緑泥片岩の板石を平積みし、横口部には凝灰岩の板石を袖石として立てています。内部は赤色に塗られていたようです。石室中央には、阿蘇熔結凝灰岩製の組合せ式妻入り横口式家形石棺が置かれていますが、石室構築前に置かれていたと思われます。2.8m×1.5m×2mの大きさで、四枚の板石を組み合わせた身の上にくり抜き式の屋根をかぶせ、西側に開口部があります。屋根の四面と横口部外面に装飾紋様が施されています。長辺側には突帯で区画した中に5個の同心円紋と直弧紋、短辺側と横口部には直弧紋、東側縄掛突起には同心円紋が浮彫で表現されています。

くびれ部の石人、腰の辺りに赤色が残る

後円部の石室保存施設

石室内部

石棺正面

向かって左側の装飾

向かって右側の装飾


弘化谷古墳 【装飾古墳】【国史跡】

 広川町広川2444、石人山・弘化谷古墳公園内に保存されています。六世紀中頃の径39mの大型円墳で、周溝と外堤が巡ります。主体部は横穴式石室で、1971年に果樹園造成工事中に偶然見つかったため、一部破壊されてしまいました。玄室長4.5m、幅4.1m、高さ3.6m、玄室は胴張り状で、側壁は緑泥片岩の板石を平積みし、持ち送りが強く、奥壁には石屋形が設けられています。

整備された墳丘と壁画保存施設

石室「壁?」実測図

壁画公開日、保存施設内へ

保存施設内部、石室の観察窓

 装飾は石屋形の奥壁・側壁・天井部に淡い赤で下塗りした上に濃い赤・緑・黄の3色で三角紋、双脚輪状紋、円紋、同心円紋、靫を描いています。石室内は年2回、4・11月に公開されますが、春の公開の方が良く見えるそうです。また、公園内の資料館に石室模型があります。

 

資料館の石室模型

石屋形奥壁の壁画、秋の公開時のため、いまいち不明瞭


馬場古墳群 【町史跡】

 広川町水原1271ほか。県道84号線沿いにある願正寺背後の山麓付近に分布する3基からなる後期古墳群で、いずれも複室構造の横穴式石室が良好に残り、見学可能です。場所の詳細は『古墳とかアレ』を参照してください。

 2号墳

 馬場公民館の裏にあり、すぐ前の家がオーナーさんです。径15mほどの円墳で、複室構造の横穴式石室がほぼ南に開口。羨道部は失われていますが、前・後室は完存。いずれも平面形に対して天井を持ち送って高く構築しています。奥壁はほとんど一枚石の見事な鏡石です、床面には石棺材と思われる板石が置かれています。

石室正面、少し草刈りされたか?

前室から後室の玄門

後室奥壁、見事な鏡石

後室の玄門、奧から、樒石あり


 3号墳

 2号墳の西50mにあり、畑の向こうの願正寺の隣りの家がオーナーさんです。径12mほどの円墳で、複室構造の横穴式石室がほぼ南に開口。羨道部は少し残っています。ここも前・後室は完存していますが、2号墳と違って天井を高く持ち送らず、巨石で平天井を構築しています。また、奥壁にも巨石を据えています。2、3号墳とも、鏡石にあわせた設計がされているような気がします。

墳丘、前側がやや削られているか?

前室から後室の玄門

後室奥壁、大きな鏡石

前室の玄門、奧から


 4号墳

 3号墳の西100mの丘陵上にあり、麓のオーナーさん宅のところから農道を上っていった道沿いにあります。径12mの円墳ですが、農道で墳丘の半分が削られていて、石室も羨道部がかなり失われています。石室は複室構造で、前・後室は完存。奥壁などに巨石を使用し、天井も高く築かれた完成度の高い石室ですが、完成されすぎて、あまり面白味はありません。

道路で墳丘は半壊

前室から後室の玄門、愛想なし

後室奥壁、ここも大きな鏡石

前室の玄門、奧から


善蔵塚古墳 【国史跡】

 広川町六田340、乗場古墳の東1kmほどにあります。八女古墳群の一部ですが、位置的には広川町になります。全長95m、後円部径57mの前方後円墳で、二段築成。六世紀前半頃の築造です。現在古墳の北側が古墳公園として整備されています。

 


欠塚古墳 【市史跡】

 筑後市前津1784-8、県道86号線沿いにあり、現在欠塚古墳公園として整備保存されています。五世紀末の全長45m、後円部径29m、前方部幅20mの前方後円墳で、馬蹄形の周濠が巡り、前方部が短く、西くびれ部に造出しが付きます。主体部は竪穴系横口式石室ですが、石材がほとんど抜き取られていました。現在は石室が復元されていますが、どこまで正確なのか定かではありません。石材は緑泥片岩で、玄室長2.9m、幅1.9mの大きさ、記録では石室内は赤く彩色されていたようです。

整備された墳丘

唯一?残された石室石材

復元石室(排水口付き)

復元石室、奧から


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