広島県神石町・庄原市・府中市(旧上下町)・世羅町・大和町の古墳


■神石町

古川本郷古墳

 神石小学校交差点から北へ新しい道路を進み、途中脇道を右へ入るとすぐ小さな丘の上にあります。径20mほどの円墳で、石室は下側が埋まっていますが、全長約9mの長い石室はほぼ完存しています。


■庄原市

唐櫃古墳(明賀古墳) 【管理人特選】

 県史跡。川西町明賀地区で西城川を北へ渡り、JR芸備線すぐ北側の丘の上にあります。2004年に整備が終了し、公開されました。全長41.4m、後円部径28.8m、高さ5.4m、前方部幅14.4m、高さ2.5mの前方後円墳で、前方部はかなり低いです。後円部の東から北側にかけて周溝が見られます。横穴式石室は全長13.1m、玄室長7.2m、幅2.4m、高さ2.6mの巨石墳で、県内では最大規模です。

投石古墳群

 庄原市本村町吉備谷の上本バス乗り場の北側丘陵上にありますが、薮に埋もれて、探しにくい状況となっています。西端の3号墳は全長15mの前方後円墳ですが、玄室奥壁付近だけが保存されています。推定長7.5m、幅1.5mの規模で、群中最大規模です。東端の1号墳は最も保存状態が良好な径13mの円墳で、横穴式石室は全長7.2m、玄室長3.9m、幅1.43m、高さ1.8mの右片袖式で、羨道入り口がやや屈折しています。隣接するという2号墳は崩壊して、よくわかりません。

1号墳玄室

1号墳奥から

3号墳開口部

3号墳奥壁

鍬寄1号墳 【管理人推薦】

 庄原市本村町本鍬寄、投石古墳群の西2km、蘇羅比古神社東200mの右手に天井石が見えています。墳丘がほとんど残って居ませんが、かなりの巨石墳です。横穴式石室は一部失われていますが、全長12m、奥壁の幅2.5m、高さ2.2mの大型石室で、奥壁は巨大な1枚石が使用されています。

石室正面、左側壁の前半分は失われている

玄室、天井石は1枚だけ残っている

篠津原3号墳 【管理人推薦】

 元、庄原市高町の鍬寄1号墳の近くにありましたが、現在はみよし風土記の丘に移設されています。径11mの円墳で、横穴式石室は長さ3.1m、幅、高さとも1.2mの小規模なものです。備後北部では唯一の花崗岩の切石造りで、終末期の築造です。


■府中市(旧上下町)

南山1号墳 【管理人推薦】

 旧上下町水永、県道に向いて石室が開口しているのですぐわかります。全長23mの前方後円墳で、横穴式石室は北東に開口、全長8.5mの大型石室で片側のみの石柱で羨道と玄室を区別した左片袖式で、玄室長5m、幅2.2〜2.5m、高さ2.2mで、奥ほど広くなっています。羨道入り口は幅が0.7mしかありません。七世紀頃の築造です。2号墳は県道沿いに看板が出ています。3号墳は南東にある丘の先端部にあります。

1号墳墳丘

1号墳玄室

1号墳奥から

3号墳開口部

3号墳玄室

二反田古墳群

 南山1号墳の南東500m、県道から川をはさんで案内板が見えています。2基の円墳が林の中に隣接していて、ともに半壊した小型の横穴式石室が露出しています。北東岡屋集落の篠原古墳群は見つからず。


■世羅町

康徳寺古墳 【管理人推薦】

 県史跡。世羅町寺町、康徳寺参道西側の傾斜地にあります。径15mの円墳ですが、墳丘はもともとかなり破壊されていて、現在は修復されています。横穴式石室は全長8.3m、玄室長6.5m、幅2.1m、高さ3.2m、羨道幅1.9m、高さ2.7mの大型の石室で羨道と玄室を柱石で区別した右片袖式です。

石室正面

右側壁の柱石

奥壁

奥から

近成山1号墳

 世羅町西神崎、康徳寺古墳南1.5kmの丘陵北端、民家の隣に石室のみ露出しています。長さ6.5m、幅2.4m、切石に近い石材で築かれた中型の石室で、玄室床に2枚の平坦な石を敷いています。かつて竜山石の家形石棺があったそうですが、現在は残って居ません。

神田2号墳 【管理人推薦】

 県史跡。世羅町堀越、康徳寺古墳西1.5km、国道から東に入り、麓の道を進むと、左側の崖中腹にあります。石槨に近い切石の石室で、かつて半壊状態でしたが、石室は元の姿に修復され、前の崖も崩落防止工事が施されています。現存長3.4m、玄室長1.52m、幅2.8m、高さ1.5mの横長の玄室で、両袖式、奥壁、天井は巨大な一枚石を使用。また、閉塞用の扉石が残っていて、回転軸となる突起が加工されていました。すぐ右側に1号墳の石室が露出しています。

古墳の現状

復元された石室と扉石

扉石の回転軸部分の復元状況

1号墳

池ノ奥古墳

 旧甲山町宇津戸の集落北側のため池奥の谷間にあります。2004年度の調査で、横穴式石室が検出されました。径10mの円墳で、石室は全長6.5m、玄室長3.3m、幅0.8m、高さ1.35m、羨道長3.2mの規模で、天井石は玄室部のみ残っていました。


■大和町

黒谷暮坪1号墳 【管理人推薦】

 県史跡。大和町下草井、県道から黒谷古墳として案内板があります。径9mの円墳とされていますが、もう少し大きいように思います。横穴式石室は南西に開口し、全長6.85m、幅1.4〜1.6m、高さ2.2mの規模で、奥壁の前、高さ0.9mの位置に衝立付きの石棚が設置されています。近くに2号墳があります。


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