岐阜県大垣市・昼飯大塚古墳

次第に解明されていく墳丘構築法


昼飯大塚古墳(岐阜県大垣市昼飯町)第11次調査 現地説明会

 2007年12月08日 大垣市教育委員会

 国史跡・昼飯大塚古墳の第11次調査は、最終年度となり、後円部の裾部が調査されました。南側のトレンチから下段の葺石基底部が検出されましたが、これがなんと、現在の地表面から4mも地下にありました。南東側のトレンチでは二段目の基底部も検出され、二段目の裾ですら、地下に埋もれていました。ということは、現在地上に現れている墳丘は、二段目の途中から上の部分だけということになります。現状でも充分雄大な墳丘ですが、それがほんの一部だけだったなんて・・・。もう絶句するしかありませんね。さすがは美濃の王者の墓です。葺石の断面を観察すると、地山の表面に柔らかい土を盛って、そこに葺石を斜めに差し込んでいるのが良くわかります。また、二段目の墳丘は、黒土を一旦、平坦に盛り、その上に礫混じりの黄色い土を盛っているようです。墳丘の水はけを良くするためかもしれませんが、はっきりした理由はわかっていません。なお、東側トレンチでは、周溝を埋める形で造られた奈良時代以降の小石の敷石遺構が見つかりましたが、用途は不明です。

後円部南側トレンチ、裾は、はるか地下にあった

後円部南東側トレンチ、手前の葺石は二段目の基底部!

墳丘断面、黒土層の上に礫混じりの土を積んでいる

葺石の裏側の断面


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