熊本県人吉市の古墳


大村横穴群 【管理人推薦】【国史跡】【装飾古墳】

 

 人吉市城本町、人吉駅の裏にあり、ホームから見えていて日本で最も場所が分かり易い装飾古墳です。阿蘇熔結凝灰岩の崖面の東西500mにわたって現状で27基の横穴墓がありますが、1〜3号墓はなぜか欠番になっています。分布から8群に細分され、4、5、7、11、13、14、15b号墓に装飾があります。破壊されている16、17、26号墓にも装飾のあった可能性があり、各群中、1基以上に装飾が施されていた可能性があります。玄室の平面形は方形、長方形、隅丸方形など各種あります。近年の保存整備で崩落の危機は去りましたが、見学は遠くから眺めるだけになってしまいました。


 I群(4、5号墓)

 4、5号墓からなり、ともに装飾があります。4号墓は入口に向かって右側の外壁に盾と剣、その上に上部を破壊された靱の浮彫が残っています。さらに横穴の上部は崩落していますが、その上にも浮彫の一部が見られます。浮彫の周囲はいずれも赤く塗られています。右の方に横穴墓が破壊されたような跡があり、そこが欠番の1〜3号墓の跡なのかも知れません。

4号墓、右側に浮彫の装飾

盾、剣とその上に靱(上部破壊)

破壊された部分の上部にも浮彫がある

 となりの5号墓は入口の上の外壁に靱4、剣1の浮彫、線刻が残っています。左端の靱だけが浮彫で、右端の靱だけが写実的で一部赤く塗られており、全体的に製作途中なのかもしれません。左側が崩落しているのでさらに装飾が存在した可能性があります。

5号墓、入口上に装飾が並ぶ

5号墓内部、床面は後世に破壊されている

 外壁上部の装飾


 II群(6a〜9号墓)

 6a号墓は左側の外壁に靱の浮彫がありますが、これは資料にはありません。6b号墓は入口が塞がれています。

6a号墓、左外壁にある靱の浮彫は資料にはない

右が6b号墓、塞がれている。左は7号墓

 7号墓は入口上の外壁に靱、弓の浮彫と連続三角紋と屋根状の三角紋の線刻があります。また、左側の側壁上部には馬五頭、馬鐸2の浮彫がありますが、左、下側が崩落しているので、本来はもっと装飾があったと思われます。一部に赤色顔料が残っています。

7号墓の装飾図

7号墓正面

7号墓正面入口上外壁の装飾

7号墓入口前側壁の装飾

中央が8号墓、左端の9号墓は入口崩落


 III群(10〜12号墓)

 11号墓の外壁の装飾は、左側に靱2、鞆2、刀子2、円紋3、右側に靱と不明紋様の浮彫があります。一部に赤色顔料が残っています。12号墓は奥壁しか残っていません。

  右から10〜12号墓

11号墓、外壁の装飾群

11号墓、装飾図

11号墓、外壁左側の装飾群

11号墓、外壁右側の装飾


 IV群(13、14号墓)

 13、14号墓ともに装飾があります。13号墓は外壁上部に円紋の線刻、その左側の崩落した箇所に大刀の浮彫の一部、入口右側に盾の線刻があります。いずれも赤色顔料の痕跡が残っています。大刀のある外壁面は崩落が激しく、装飾の全体像は不明です。

13号墓、外壁の装飾群

13号墓、上部の円紋線刻と左側の大刀の浮彫の一部

13号墓、右側の盾の線刻

 14号墓は外壁上部に盾、車輪紋の線刻、左側に靱2の浮彫があります。靱の一部に赤色顔料が残っています。

14号墓、羨門右側が崩落

14号墓、外壁上部の盾と車輪紋

14号墓、外壁上部の装飾、左に靭2


 V群(15a、15b号墓)

 15a、15b号墓は隣接していて、15b号墓に装飾があります。ここは他の横穴とは違って二段の飾り縁の前面に同心円紋が多数、陰刻彩色(赤)されています。また右側の外壁に靱と弓の浮彫も施されています。玄室奥壁にも同心円紋があるはずですが、残念ながら見逃しました。

正面が15b号墓、右奧に15a号墓

15b号墓、入口上の円紋

15b号墓、外壁右側の円紋と、弓


 VI群(16〜22号墓)

 」群から少し離れて16〜22号墓がまとまって分布しています。16、17号墓は大きく破壊されていて、装飾が存在していた可能性があります。

右から16、17号墓

右から18、19号墓

右から20、21号墓


 VII群(23〜26号墓)

 23〜26号墓は崖の高い位置に並んでいますが、なぜか分布図よりも1基多いです。27号墓かもしれません。25、26号墓は崩落しています。

中央が23、左が24号墓、右端は分布図にない

右から25、26号墓。崩落で破壊されている


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