三重県伊賀市(旧上野市)/前塚・桐ノ木古墳群A〜E支群


前塚・桐ノ木古墳群

 伊賀市寺田の集落の東にある南宮山の南斜面の広い範囲に分布する古墳群で、A〜H支群と3基の単独墳からなり、上野市史には計39基となっていますが、確認できるのは41基です。分布図は「古墳とかアレ」か、「上野市史」を参照してください。

 27号群・A支群

 毘沙門寺の南側から東へ山道を登っていくと、北向地蔵のすぐ先で道が二つに分かれます。この分岐路から左の道を北へ向かい、小さな池の真上へ真っ直ぐ登っていった尾根上に3、2号墳があります。3号墳は径16mの円墳、すぐ上の2号墳は径12mの円墳で、いずれも墳丘が良く残っています。東へ80m急斜面を登っていくと1号墳があります。径13mの円墳で、南向きの石室の奧側が開口。現存長6.6m、玄室は3.8m×2m、羨道幅0.9mの左片袖式です。

3号墳

2号墳

1号墳、玄室奧から

1号墳、袖部、左片袖式

 元の分岐路に戻ると、すぐ右側の高いピークの上に27号墳があります。径16mの円墳で、詳細は不明です。

 

 B支群

 27号墳から東へ100m進んだ山道左側の薮の中に5号墳があります。石材を抜き取った跡がありますが、薮でほとんどわかりません。

 

 5号墳のあたりから、南側の斜面を少し下ると6〜11号墳が密集しています。ただし、薮で全く見通しが利かないので、行き慣れない人は危険ですので諦めてください。墳丘は9号墳が径14m、8号墳が径13m、他は径9〜12mの円墳です。埋葬施設はすべて横穴式石室で、6、7号墳は内部が埋没、9、10号墳は開口部は狭いですが奥壁が観察できます。11号墳は石材が露出しています。8号墳のみ入室可能で、全長6m、玄室は2.95m×1.9m×1.4mの大きさです。

6号墳

7号墳

8号墳

8号墳石室内部

9号墳

9号墳石室内部

10号墳

10号墳石室内部

11号墳

 C支群

 B支群からため池を挟んだ東側の尾根上に12〜18号墳があります。12号墳は径13mの円墳で、横穴式石室の玄室奧側が露出しています。現存長1.6m、幅1.8m、高さ1.75mで上部を持ち送っています。13号墳は最上部にある径13mの円墳で、崩壊した石室が露出。14、17号墳はともに径12mの円墳で、17号墳で石材が散乱。15号墳は径9mの円墳で石材が少し露出、16号墳は径18mの円墳で、墳丘の状態は良く、墳頂に石室の天井部がわずかに開口していますが、深くて内部がうかがえません。18号墳は石室の巨大な石材が露出していますが内部はかなり埋まっています。

12号墳石室

12号墳玄室奥壁

13号墳

14号墳

15号墳

16号墳、墳頂がわずかに開口

17号墳

18号墳、天井石と側壁?

18号墳石室正面側?

 D支群

 C支群のある尾根の南東斜面にあり、3基の古墳が存在しますが、支群としてのまとまりは薄いです。南端にある19号墳は径16mの円墳、20号墳は径10mの円墳で、半壊した横穴式石室が開口しています。現存長1.35m、幅0.9m、高さ0.9mの大きさです。21号墳は径14mの円墳で、崖で半分が削られ、横穴式石室が崖っぷちに露出しています。現存長8mです。

19号墳

20号墳、石室開口部

20号墳、石室内部

21号墳、崖で墳丘半壊

21号墳、崖っぷちに開口

21号墳、石室内部、割と保存はよい

 E支群

 D支群から谷間を北へ登っていった緩やかな斜面上に22〜24号墳が並んでいます。22号墳は径14mの円墳で、天井を失った横穴式石室が露出しています。玄室幅1.5mで、奥壁付近は良好に残っています。墳丘裾に一部外護列石が残っています。23号墳は径13.5mの円墳で、墳頂がやや陥没。24号墳は、径9mの円墳で、横穴式石室の奧側が残存。玄室幅1.1mの小型の石室です。

22号墳、向かって左に外護列石が残る

22号墳、玄室奥壁

23号墳

24号墳石室

24号墳玄室奥壁


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