三重県伊賀市(旧上野市)/前塚・桐ノ木古墳群F〜H支群


前塚・桐ノ木古墳群

 伊賀市寺田の集落の東にある南宮山の南斜面の広い範囲に分布する古墳群で、A〜H支群と3基の単独墳からなり、上野市史には計39基となっていますが、確認できるのは41基です。分布図は「古墳とかアレ」か、「上野市史」を参照してください。

 F支群

 B支群から南西の尾根南端にあり、薮に覆われた2基の古墳があります。25号墳は径14.5mの円墳で、墳頂が陥没しています。26号墳は径24mの円墳で、墳丘の下側に巨石が落下しています。

25号墳

26号墳

26号墳の下の石材

 G支群

 F支群の西隣りの尾根の南東斜面にあり、上野市史では4基の古墳が記載されていますが、6基確認できました。最も高い位置にある28号墳は径13mの円墳で、墳頂に長方形の陥没があります。29号墳はその南西にある径12mの円墳で、墳丘の保存状態が良好です。30号墳はすぐ下にある径10mの円墳で、横穴式石室がわずかに開口しており、内部の状態は良さそうです。すぐ西の竹林の中にある31号墳は径10mの円墳で、石室跡が陥没しています。28号墳の下方にある仮称40号墳は、額田大玉さんが発見した古墳で、横穴式石室がほぼ完存しています。持ち送りのある無袖式です。30号墳と仮称40号墳の中間に仮称41号墳があります。径10mほどの円墳で、南側が破壊され、石材が一部露出しています。

28号墳

29号墳

30号墳

30号墳石室内部

31号墳

仮称40号墳

仮称40号墳石室内部

仮称40号墳玄室奥壁

仮称40号墳石室奧から

仮称41号墳

仮称41号墳、石材露出

 H支群

 E支群の東隣りの尾根上にある7基の古墳からなり、うち4基で横穴式石室が残存しています。尾根南端にある32号墳は、径9.5mの円墳で、石材が散乱しています。33号墳は径13.5mの円墳で、横穴式石室が完存。全長4.9m、玄室長3.6m、幅1.3m、高さ1.4mの無袖式です。

32号墳

33号墳

33号墳玄室奥壁

33号墳億から

 34号墳は径7.5mの小円墳で、石室の一部が露出しています。35号墳は径13mの円墳で、西に開口する横穴式石室は全長6.7m、玄室長4.2m、幅1.9m、高さ2.3m、羨道幅1.25m、高さ1.15mの右片袖式で、完存しています。

34号墳

35号墳

35号墳羨道

35号墳玄室奥壁

35号墳玄室奧から

 36号墳は、径20mの最大の円墳で、横穴式石室が開口していますが、途中で天井石が落下しかかっています。危険なので内部には入らないでください。墳丘の割には小さめの石室です。

36号墳

36号墳羨道

36号墳玄室奥壁

36号墳億から

 37号墳は径16.5mの円墳で、横穴式石室が完存。全長8.3m、玄室長4.5m、幅2.05m、高さ2.3m、幅1.8m、高さ1.15mの両袖式で、群中では最大規模です。となりの38号墳は径20mの大きな円墳ですが、埋葬施設は不明です。

37号墳

37号墳羨道

37号墳玄室奥壁

37号墳億から

38号墳

 39号墳、4号墳

 H支群から東北東へ150m、二つの谷間と大きな尾根を越えた尾根の南斜面に39号墳が単独で存在します。薮に覆われているので、ここまでたどり着くのは大変です。径9.5mの円墳で、横穴式石室がほぼ完存。全長3.7m、玄室長2.5m、幅1.2m、高さ0.9mの右片袖式で、最小規模の石室です。石室の両側には貼石があります。5号墳の東100mの林道沿いに4号墳があります。径14mの円墳で、林道で一部破壊されています。

39号墳

39号墳玄室奥壁

39号墳石室奧から

4号墳


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