三重県伊賀市(旧上野市)南部の古墳


王塚古墳

 旧上野市比自岐の石山古墳のすぐ近くの盆地平坦部に築かれた全長48mの前方後円墳で、石山古墳の数代後の首長墓とみられます。


吉田谷古墳群

 伊賀市才良、2010年の農免道路建設の事前調査で1号墳が調査され、さらに隣接地から2、3号墳があらたに見つかり、計3基の横穴式石室が発見されました。1号墳は径12mの円墳で、背後に周溝が残り、大きな須恵器の甕が見つかりました。石室は玄室長3.2m、幅1.8m、高さ2.2m以上の左片袖式で、基底部に腰石を立て、その上に小さな石材を小口積みし、持ち送っています。金銅装馬具、金環、ガラス玉などが見つかっています。破壊された部分の石材の破片が石室前に散乱していました。七世紀初頭頃の築造です。2号墳は、背後の斜面すぐ上にあり、墳丘はほとんど残っておらず、石室もかなり破壊されています。玄室長2.8m、幅1.6m、羨道長1.4mの両袖式で、床面は良好に残っていました。右玄門付近と奥壁前に須恵器、土師器がまとまって置かれ、木棺用の鉄釘が見つかっています。1号墳の後、七世紀前半の築造です。3号墳は、2号墳の墳丘の一部を利用して石室だけが築かれていました。玄室長0.8m以上、幅1.1m、羨道長1.5m、幅1mの左片袖式で、床面から2号墳同様、須恵器、土師器がまとまって置かれ、長さ75cmの鉄刀が見つかりました。2号墳の少し後、七世紀前半の築造です。周辺の山林内の尾根筋には、手つかずの墳丘が累々としています。

1号墳石室

1号墳周溝と須恵器甕、墳丘から転落したらしい

2号墳石室

2号墳石室奧から

3号墳石室

3号墳石室横から


天童山古墳群

 旧上野市上郡の県道予定地で2003年度に調査された群集墳で横穴式石室を主体部としています。8号墳は整地した岩盤上に築かれた玄室長4.4mの横穴式石室を検出。13号墳では玄室長3.1mの石室床面に大量の須恵器が原位置で残されていました。

8号墳

8号墳

13号墳

13号墳


猪田神社古墳 【県史跡】

 旧上野市猪田の猪田神社の本殿裏にあります。径20mほどの円墳で、主体部は横穴式石室ですが、現在埋められています。背後の山中にも数基の古墳があります。

 


中切古墳

 旧上野市喰代、正光寺の北東の段丘上にあります。墳丘がかなり破壊されていますが、径15mほどの円墳と思われます。主体部は横穴式石室で、石材が露出して崩れてきています。

墳丘の現状

石室正面側

奥壁?

奧から


中ノ瀬古墳群

 伊賀市荒木字中ノ瀬、国道163号線を市内から東へ向かい、旧大山田村の盆地に出たところで服部川を南に渡り、川沿いに西へ戻ると、中ノ瀬の集落に行き当たります。集落の南の急斜面を登って山林内に入ると、5基の古墳が残っています。1号墳は径20mの大きな円墳で、横穴式石室が完存しています。全長7.55m、玄室長4.5m、幅2.3m、高さ2.3mの両袖式ですが、開口部が、額田大玉さんが訪問したときよりも明らかに狭くなっており、現在入室は不可能です。背後の高い所に2号墳があります。径15mの円墳で、墳頂が陥没しています。

1号墳、保存の良い墳丘

1号墳、石室開口部、激狭で入れず

1号墳、石室内部

1号墳、玄室付近

2号墳、墳丘

2号墳、墳頂の盗掘坑

 1、2号墳から少し南に離れて3〜5号墳があります。下側の3号墳は径16m以上の円墳で、横穴式石室が南に開口。玄室は良く残っていて、全長6.1m、玄室長4.95m、幅1.8m、高さ2.1mの両袖式です。4号墳は径12mの円墳ですが、半分削られていて、石材が一部露出しています。5号墳は径13mの円墳で、墳丘の隙間から石材が少し見えています。

3号墳石室開口部

3号墳玄室奥壁

3号墳石室奧から

4号墳墳丘

4号墳、石材露出

5号墳


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