長崎県壱岐市勝本町北部の古墳


百合畑古墳群

 

 壱岐市勝本町百合畑触生池590の百合畑古墳園とその周辺に分布する後期の群集墳で、23基からなります。そのうち、古墳園に前方後円墳2、円墳4基。および、周辺に円墳4基があり、コンパクトに見学できます。古墳園駐車場のすぐ前にある14号墳は全長20mの前方後円墳で、原型はかなり損なわれています。主体部は横穴式石室と思われます。となりの15号墳は全長21mの前方後円墳で、前方部と後円部にそれぞれ横穴式石室が存在します。前方部に石材が露出しています。

14号墳

15号墳

15号墳前方部、石材露出

 15号墳の南に接して19号墳があります。径10mの円墳で、墳丘の裾に石材が見えています。さらに南側の斜面に18号墳があります。径31mの円墳で、横穴式石室が見学できます。現存長7.5m、後室長2.1m、幅2.1mの複室構造で、後室の天井石は復原されたものです。

19号墳、左上に18号墳

18号墳石室正面、前室は側壁の一部のみが残る

18号墳後室奥壁

18号墳後室奥から

 古墳園の前、14号墳の横に13号墳があります。径15mの円墳で、西側の墳丘が削られ、横穴式石室が半分露出しています。現存長5.3m、後室長1.8m、幅1.8mの小型ながら複室構造で、内部は比較的良好に残っています。13号墳の南側、15号墳に隣接して17号墳があります。径6mの円墳で、主体部は横穴式石室ですが、埋め戻されています。

13号墳東側

13号墳西側、石室露出

13号墳石室内部、前室から後室

17号墳

 古墳園駐車場前の十字路をはさんで西の林の中に2基の古墳が並んでいます。古墳園の敷地外になります。十字路に面した8号墳は径10mほどの円墳で、破壊された横穴式石室が露出しています。全長5mほどの複室構造で、天井石を失い、奧。側壁はかなり埋まっています。その西側の民家脇にある7号墳は、墳丘がかなり流失し、道路前に横穴式石室が露出しています。現存長3.7m、後室長2.2m、幅1.9mの複室構造で、前室は破壊、羨道は失われています。

道路脇の8号墳、石材露出

8号墳、後室付近

8号墳、後室左側壁

7号墳、石室露出

7号墳後室、左側が奥壁

7号墳後室、玄門

 古墳園の前の交差点から東の林の中へ入っていくと、道の右側に11号墳があります。径10mの円墳で、墳丘の一部が道路に削られています。石室の一部が露出しています。道路の反対側には9号墳があります。径9mの円墳で、石室の入口付近が露出しています。

11号墳

11号墳、石材露出

9号墳

9号墳、石室の一部露出


掛木古墳 【管理人特選】【国史跡】

 壱岐市勝本町布気触字掛木、国道382号線沿い、壱岐風土記の丘にあります。現状で径22.5mの円墳ですが、元々は径30m前後あったと思われます。南南西方向に開口する横穴式石室は全長13.6m、後室長3m、幅2.6m、高さ3m、中室長3m、幅2.5m、高さ1.5m、前室長3.2m、幅1.8m、高さ1.7mの三室構造で、側壁はすべて巨大な一枚石。あまり加工はされていません。羨道はほとんど失われています。奥壁の前に壱岐では唯一のくり抜き式家形石棺が置かれています。身は外寸で190×95×70cmの大きさ、蓋は一部のみ残っています。六世紀末の築造で、七世紀前半まで追葬が行われていました。笹塚、鬼の窟古墳に較べると、やや小さい石室で、首長に次ぐ地位の人物の墓と思われます。

石室正面

前室

中室

後室奥壁

くり抜き式家形石棺

後室奥から

中室奥から

前室奥から

横穴式石室実測図


道元古墳 【管理人推薦】

 壱岐市勝本町布気触字中尾、壱岐風土記の丘から国道382号線を北へ300m、道路東側の高台の山林内にあります。径25mの円墳で、大型の横穴式石室が南に開口。全長11.1m、後室長3.3m、幅3m、高さ2.5mの複室構造で、自然石に近い巨石を使用しています。残念ながら羨道は粗大ごみ置き場と化しています。

石室正面

羨道、兼物置

前室

後室奥壁

後室奧から

前室奥から


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