愛知県豊川市北部(旧一宮町)・新城市・設楽町の古墳
■舟山古墳群 【管理人推薦】
旧一宮町文化会館裏の舟山に10基分布。2号墳は前方後円墳で小型の丸い石材を積み上げた古式の横穴式石室が天井石を失って開口しています。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■城山6号墳
旧一宮町足山田にあった古墳群で、ゴルフ場の造成に伴い調査され、うち6号墳だけが舟山の南にある一宮中学校敷地内に移築されました。群のうち、多くが積石塚古墳です。6号墳は径23mの円墳で、石を積んだ墳頂に二つの埋葬施設が並ぶ珍しい構造です。

■炭焼平古墳群
旧一宮町の県道豊川新城線、渡辺製缶のある交差点道路沿いに15〜18号墳、南方200mの果樹園内に4号墳が保存されています。4号墳は小型の前方後円墳ですが外護列石が巡り、天井石を失った横穴式石室が開口しています。
![]() |
![]() |
■旗頭山尾根古墳群 【管理人推薦】
豊川左岸、一宮町と新城市の境にある旗頭山尾根上に分布。40基中、24基が県史跡として町営墓地内に保存されています。山の上部の19〜24号墳はすべて積石塚で、下部の1〜18号墳も石材と土を併用して外見上積石塚に見せています。25号墳以上は採石場で破壊されましたが、26号墳のみ、新城市の桜淵公園青年の家前に移築保存されています。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■大塚古墳
旧一宮町旗頭山尾根古墳群の麓近く、県道富岡一宮線が豊川を渡る金沢橋近くの水田中に1基のみ存在。詳細不明。
■摩訶戸古墳群 【管理人推薦】
新城市一鍬田の摩訶戸神社周辺に15基中8基残存。1号墳は神社左手の林を突き抜けた場所にあり墳丘、石室ともに群中最大です。径12mの腰高の円墳で玄室長4.5m、幅2m、高さ1.7mの横穴式石室は入り口は狭いですが、内部は丁寧に石を積み上げた玄室が完存しています。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■大原古墳群
新城市大原バス停の西200mの道路沿いに2基並んでいます。ともに径18mの円墳で墳頂に石材が露出しています。1号墳は別名夜泣石古墳と呼ばれ、墳頂の石材が夜泣き出すという伝説があります。
![]() |
![]() |
■断上山古墳群
愛知県史跡。新城市竹広の断上山に分布する10基からなる古墳群で、見学しやすい古墳としては東郷中学校のバレーコートの東に9号墳(粕塚)、山頂に10号墳(物見塚)があります。このあたり一帯は設楽が原と呼ばれ、長篠の戦いで、武田騎馬隊と織田・徳川連合軍の鉄砲隊が激突したところです。古墳群のある断上山はその時家康の本陣となったところで、県史跡に指定されている理由は、おそらくそちらのほうが大きな理由のような気がします。古墳からは、決戦場が見おろせ、近くには馬防柵も復元されています。
![]() |
![]() |
東三河地方から木曽谷へ抜ける山間部の途中に、名倉平と呼ばれる広い盆地があり、いくつかの古墳が点在します。そのうち、町史跡に指定されている2基の古墳が見学しやすく整備されています。
丸根古墳は設楽町東納庫、名倉小学校の南の斜面の道路沿いにあります。径11mの円墳で、小型の横穴式石室が開口。全長4.31m、玄室長1.52m、幅1.15m、羨道長2.79m、羨道は埋まっていて、玄門上部が開口、狭くて内部には入れません。小さいのに、羨道が玄室の二倍の長さがあり、羨門には、天井から遊離した石材が構架されています。七世紀初め頃の築造です。
![]() |
![]() |
■屋木下古墳
町史跡。設楽町西納庫、名倉小学校の北500m、国道257号線の西200mの林の中にあります。径7mの円墳ですが、土取り中に発見されたため、墳丘は半分削られたままです。削られた崖面に横穴式石室の奥壁側が開口。全長3.2m以上、幅1.02m、高さ1.1mの無袖式で、奧には閉塞石がそのままの姿で残っています。六世紀中頃の築造です。説明には七世紀初めと書かれていますが、そんなことはないでしょう。
![]() |
![]() |