糸島市西部(旧前原市西部・二丈町)の古墳


砂魚塚(はぜつか)1号墳

  左が砂魚塚1号墳

 市史跡。糸島市の美咲が丘団地造成に伴い調査された17基の古墳のうち、砂魚塚1号墳と坂の下5号墳の2基の横穴式石室が、現在、一丁目の「荻浦はな咲く園」に移築保存されています。砂魚塚1号墳は現在地から西南西200mに存在した全長24mの帆立貝式古墳で、横穴式石室からは瑪瑙、水晶、ガラスで造られた装身具が400点近くと、出雲産の碧玉の原石がみつかりました。石室の側壁は小型の石材を多用しています。六世紀中頃の築造です。

石室正面

羨道から玄門

玄室

玄室奧から

坂の下5号墳

 市史跡。砂魚塚1号墳の隣に横穴式石室が移築されています。元は南南西400mに存在した一辺10mの方墳で、石室は地山を掘り下げて築かれていました。こちらは巨石を使用しており、石室内からは銀装馬具、大刀などが出土しています。

石室正面

羨道から玄門

玄室

玄室奧から


釜塚古墳

 

 国史跡。糸島市神在字釜塚、JR加布里駅のすぐ東にあります。径56m、高さ10mの大型円墳で、三段築成。周溝が巡り、渡り土手が確認されています。主体部は割石を小口積みした初期の横穴式石室で、墓道は天井付近から下って石室に入るようになっていて、狐塚古墳と同じ構造です。五世紀前半頃の築造です。

 


一貴山銚子塚古墳

 国史跡。糸島市二丈田中字大塚100-1。JR一貴山駅の北300mの丘陵上にあります。全長103m、後円部径61m、前方部幅29m、糸島地方最大の前方後円墳です。前方部二段、後円部三段築成で、周溝はありません。1950年の調査で見つかった主体部は後円部中央にある竪穴式石室で、3.4×1.4×0.8mの大きさに木棺が納められていました。副葬品は銅鏡10面、鉄製大刀3口、直刀3口、鉄剣6口、硬玉製勾玉2個、碧玉製管玉33個などが、ほぼ原位置で見つかりました。銅鏡のうち、方画規矩四神鏡には金メッキが施されていました。四世紀後半の築造です。

後円部

墳丘は途中で分断されている


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