京都府亀岡市法貴古墳群その2


法貴古墳群

 亀岡市曽我部町法貴、法貴峠古墳群の麓の天王寺北西500m、北谷口の集落から西の山林に入った緩やかな斜面一帯に密集する大群集墳で、51基からなります。多くは全半壊した小円墳ですが、横穴式石室が完存したものもいくつかあり、古墳検定3級レベルの探索実習には最適です。なお、遺跡地図と実際とが合致しない古墳は麓から順に適当にNo.を割り振っています。


  現地説明会資料より

 2023年に国道423号法貴バイパスの建設に伴って、法貴古墳群が調査されました。調査地内最上部の53号墳は径14mの円墳で、墳丘はほとんど流失し、横穴式石室の下部が残っていました。玄室長2.4m、幅2m、羨道長2mの両袖式で、玄室が正方形に近くかなり古いタイプの石室です。須恵器、鉄鏃などが出土。早い時期に天井が崩落したために、副葬品がほぼ原位置で残っていました。また、近隣にも例がある墳丘内列石が検出されました。

56号墳石室正面

56号墳石室奧から

56号墳墳丘内列石

 53号墳の他に小横穴式石室SX19を検出。全長2.4m、玄室長1.6m、幅0.7mの無袖式で、周辺から土師器が出土しました。51号墳のとなりでは奈良時代の火葬墓SX08を検出。木炭の上に木製容器が置かれ、その中に火葬された人骨、須恵器が埋納されていました。他に51、53〜55号墳が調査され、51、53、55号墳は、工事対象外となるため、埋め戻して現地保存されることになりました。

小石室SX19、奧側から

火葬墓SX08

54号墳

53号墳

51号墳

55号墳

 国道423号法貴バイパスの建設に伴う2024年度の調査では古墳群の最も密集するエリアのど真ん中を横断する形で12基の古墳が調査されました。調査の結果、後期中頃から円墳が、飛鳥時代中頃には方墳が造られ、奈良時代には火葬墓が造られるという法貴古墳群の変遷が明らかとなりました。

 

 調査区の北端にある20号墳は径13mの円墳で、保存状態は最も良好です。横穴式石室は全長7.7m、奥壁幅1.4mの両袖式で、天井石も含めて完存しています。須恵器の破片が出土、後期〜飛鳥初頭の築造です。

20号墳石室正面

20号墳石室内部

20号墳玄室奥壁

調査前の姿

 61号墳は墳丘はすでに無く、小型の横穴式石室の基底部が残っていました。全長4.6m、幅0.8mの無袖式で、後期末〜飛鳥前半の築造です。、25号墳は径8mの円墳で、横穴式石室は基底部のみ残っていましたが、全長5m、幅0.9mの無袖式です。築造時期は不明です。29号墳は全壊しており、石室も不明です。

61号墳石室奧から

25号墳

29号墳

 28号墳は方墳と思われ、横穴式石室の基底部が残っていました。全長6.3m、幅1.2mの規模で、後期末〜飛鳥前半の築造です。27号墳は径10mの円墳で、横穴式石室は全長8.4m、幅1.3mの無袖式です。玄室は天井石が残り、比較的良好に残っています。須恵器台付壷などが出土、後期後半の築造です。

28号墳石室正面

28号墳玄室奥壁

27号墳石室正面

27号墳玄室

 26号墳は径8mの円墳で、横穴式石室は全長5.6m、幅0.9mの無袖式です。奥壁付近は良く残っています。出土品は無く、築造時期は不明です。

26号墳石室正面

26号墳玄室奥壁

 24号墳は一辺10mの方墳で、墳丘は二段築成、裾は二重に石垣が巡っています。横穴式石室は全長6.5m、幅1.1mの無袖式で、出土した須恵器の破片から飛鳥中頃の築造と思われます。

24号墳、墳丘裾の石垣

24号墳石室正面

24号墳玄室奥壁

 33号墳は径9mの円墳で、横穴式石室の下部が残っていて、閉塞石も含め良好に石組みが残っています。全長5m、幅1.1mの無袖式で、出土した須恵器から後期後半の築造と思われます。30号墳は径5mほどの方墳か円墳で、小型の無袖式横穴式石室が残っていました。須恵器などが出土、後期末〜飛鳥前半の築造と思われます。

33号墳石室正面、閉塞石が残る

33号墳石室奧から

30号墳石室奧から

30号墳玄室奥壁付近の須恵器出土状況

 34号墳は径5mほどの方墳か円墳で、小型の無袖式横穴式石室の下部が残っていました。全長4.3m、幅0.9mの無袖式で、須恵器などが出土、後期末〜飛鳥前半の築造と思われます。鞘尻金具付きの立派な鉄刀の他、鉄鏃、刀子、須恵器などが出土、後期末〜飛鳥前半の築造と思われます。63号墳は径5.5mの円墳で、かなり小型の横穴式石室が残っていました。全長3.3m、幅0.8mの無袖式で、鉄釘、人骨などが出土、後期末〜飛鳥前半の築造と見られます。

34号墳

34号墳

63号墳


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