京都府亀岡市北部の古墳


拝田古墳群

 亀岡市千代川町拝田、京都縦貫道の拝田トンネル西側の山裾から中腹に分布する群集墳で現存17基です。千代川インターチェンジから西側の側道を北へ500m進んだ左側の小丘陵が有名な16号墳です。全長44m、後円部径30mの前方後円墳で、納屋の後ろ側に横穴式石室が開口。玄室長3.15m、幅1.9m、高さ3.2m、羨道は現存で0.8m×0.7m×1.1mの大きさです。四方の壁はブロック状の割石を持ち送って高く積み上げ、奥壁には1.5mの高さに石棚を設けています。京都でも最古級の横穴式石室ですが、石室は崩壊の危機にあり、内部はかなり補強されて見通しが利かなくなっています。

16号墳石室入口

16号墳玄室奥壁

16号墳玄室の石棚

16号墳玄室奧から

 16号墳からさらに側道を北へ150m、ため池の北側の細い尾根上に12、11、10号墳が並んでいます。12号墳は径7.4mの円墳で、南側が削られて、そこに石材が露出しているそうですが、崖になっていて確認できません。11号墳は径14.4mの円墳で、墳丘の状態は良さそうです。10号墳は径25mの円墳で、調査の結果主体部は木棺直葬でした。道をはさんで9号墳があります。径8mの円墳ですが、道で半分削られています。調査時、横穴式石室の玄室が残っていたそうですが、現在は土嚢で塞がれています。少し西の道沿いに8号墳の痕跡?があります。外護列石が巡る径12mの円墳で、全長5.2mの両袖式石室の基底部が調査で見つかっています。また、自動車道の東側には13〜15、17号墳がありますが、古墳とわかるのは畑の中の15号墳くらいです。

12号墳、向こう側は崖状態

11号墳

10号墳

9号墳、玄室は土嚢で塞がれている

8号墳の痕跡?

15号墳

 8号墳から道を登っていくと、舗装道路に行き着きますが、そこから山側の山林内に1〜6号墳が点在します。1、2号墳は薮の中で確認できません。3号墳は緩い谷間にある径8mの円墳です。西へ斜面を登っていくと6号墳があります。径9mの円墳で、石材が一部露出しています。尾根の上にある5号墳は径8mの円墳、さらに上にある4号墳は径9mの円墳で、中央が陥没しています。舗装道に戻って、東へ200mほど言った道路沿いに7号墳があり、薮の中に石材が残っています。

3号墳

6号墳の石材の隙間から内部

5号墳

4号墳

7号墳


糠塚古墳

 亀岡市旭町印地、三俣川北岸の平地に築かれた中期の帆立貝式古墳で、くびれ部に稲荷社があります。全長65m、後円部径45m、前方部幅25m、墳丘の保存状態は良好です。

 


坊主塚古墳

 亀岡市馬路町池尻、府道25号線近くの農地にあり、背後の丘陵上には池尻古墳群が分布します。一辺34m、二段に築かれた五世紀後半の方墳で、南側に方形の造出しが付きます。周囲に二重の周溝が巡り、全体の規模は67m×65mにもなります。墳丘は葺石に覆われ、円筒・象形埴輪が並び、外周溝の外には木製埴輪が並んでいたようです。昭和31年の調査では、主体部は組合せ式木棺と思われ、鏡、甲冑、刀、剣、鏃などが出土しています。

 


天神塚古墳

 亀岡市旭町市場、坊主塚古墳のすぐ西にあります。一辺30mの中期の方墳で、二段築成、葺石が見られます。詳細は未調査のため不明ですが、坊主塚古墳との強い関係がありそうです。

 


時塚遺跡

 亀岡市馬路町〜千歳町にまたがる遺跡で、圃場整備に伴う調査で、削平された中期の方墳12基、後期の円墳3基のほか、弥生時代の方形周溝墓22基が発見されましたが、今は農地となって見学することはできません。1号墳は27m×25mの造出し付き方墳で、幅6mの周溝がめぐり、墳丘裾には貼石が巡っていたようです。東側周溝から盾形埴輪、甲冑形埴輪、人物埴輪、太刀形埴輪などが出土し、特に盾持ち人形埴輪はほぼ全体が復元できる国内初の出土例です。中期に築かれた方墳群の盟主墳と思われます。3号墳は径19mの後期の造出し付き円墳で周溝が巡っています。主体部は完全に削平されていました。他の円墳(5、8号墳)も同じ後期の築造で、方墳か、円墳かで築造時期が明確に分かれる分かり易い古墳群です。

1号墳

1号墳出土の盾持ち人形埴輪

3号墳

弥生時代の方形周溝墓

13号墳、奥に14号墳

手前5号墳の切れ端、中央に6号墳、奥に7、8号墳

弥生期の方形周溝墓を潰して築かれた10号墳

弥生時代の方形周溝墓も密集、溝の幅・深さが違う


千歳車塚古墳 【管理人推薦】【国史跡】

 亀岡市千歳町千歳車塚の、農地の中にあります。口丹波最大の前方後円墳で、今も美しい姿を残しています。全長80m、後円部径41m、前方部幅45.5m、三段築成でくびれ部に造出しがあり、周囲の農地に周濠の痕跡が良好に残っています。2003年の調査では、二重周濠の一部が見つかりました。埴輪、葺石が確認されていますが、詳細は不明です。毎年春先には古墳の景観を守るため野焼きが行われ、地元の風物詩となっています。

  手前が前方部

  2003年に発見された二重周濠の跡


中古墳群(出雲遺跡)

 亀岡市千歳町の農地に分布する古墳群ですが、過去にすべて削平されてしまっています。2015年には府道建設に伴う調査で4基の古墳の東側端辺を検出しました。中でも1号墳は一辺28mの大型方墳で、周溝と葺石の基底部が良好に残っていました。出土した須恵器や埴輪片から五世紀中頃の築造と思われます。また、3号墳は、南北2基の方墳と判明。それぞれ、3号墳北墳、南墳と命名されました。

1号墳の東辺の葺石

2号墳

3号墳南墳(手前)と北墳


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