京都府亀岡市南部の古墳


法貴峠古墳群

 亀岡市曽我部町中、亀岡から大阪へ向かう国道423号線が平地から山を登り始めると、しばらくはヘアピンカーブが続く急な登り坂となります。この道路周辺の斜面に19基の古墳が分布しています。このうち、1、2、9号墳で石室が見学できます。国道は路肩がほとんどない上に、けっこう通行量が多いので、見学には充分注意してください。1号墳は二つ目のヘアピンカーブの内側にあり、わかる人には一目で古墳とわかります。径18mの円墳で、国道で一部削られ、石材が露出しています。横穴式石室は完存しており、全長10.7m、玄室長3.5m、幅1.5m、羨道長7.2m、幅1mの両袖式で、石材をあまり加工せず積み上げています。現在は埋め戻されていて、隙間からかろうじて覗くことができます。石室内にパイプ椅子一脚あり。

国道沿いにある1号墳

石室羨道側、天井石露出

奥壁の石材も露出

石室内部、奧から

 麓の天王寺(駐車場あり)から国道を200mほど登ると、右に緩やかにカーブしています。そこから左の林の中へ入り、50mほど下ると、2号墳があります。径13.5mの円墳で、横穴式石室が完存。羨道はほとんど埋まっていますが、隙間から何とか入室できます。全長7.7m、玄室長4m、幅2m、高さ2mの左片袖式で、石材は奥壁も含めて小ぶりで、大きく持ち送った乱石積みです。

2号墳正面、羨道は埋まっている

わずかに通れる羨道、狭い!

玄室奥壁、石材は小さい

石室内部、奧から

 2号墳から一旦国道に戻り、100mほど登ったあたりでガードレールを超えて斜面を下ると、道路のすぐ下に10号墳があります。径13.5mの円墳で、墳頂が凹み、石材が露出しています。すぐ南にある11号墳は径12.3mの円墳で、石材散乱。10号墳東の9号墳は径17mの円墳で、大きな石室があり、羨道は崩壊していますが、玄室は開口しています。玄室長4.7m、幅2.3m、高さ2.7m、羨道長4.7m、幅1.4mの両袖式で、天井石以外は石材は小さめで、側壁はやや持ち送っています。右側壁が崩壊して今にも崩れそうなので、入室しないほうが良いでしょう。北側の緩斜面に3〜5号墳があるそうですが、明確にわかるものはありません。

10号墳

11号墳

9号墳石室正面、羨道は崩壊して埋まる

9号墳石室、羨道途中が開口

9号墳石室、玄室奥壁、右側壁が崩壊寸前

9号墳石室、奧から

 9号墳の下にある6号墳は径16.6mの円墳で、崩壊した横穴式石室が露出しています。全長7.8m以上で、内部は埋没し、玄室には巨大な天井石が二個落ち込んでいます。南側にある7、8号墳はともに墳頂が陥没しています。

6号墳石室正面

6号墳玄室、巨大な天井石落下

7号墳

8号墳

 法貴古墳群は国道423号が亀岡盆地から山間部に入っていく辺りの丘陵斜面に築かれた20基からなる群集墳です。今回、国営緊急農地再編整備事業にともない、20号墳は東端の丘陵裾部にある六世紀後半に築かれた径13mの円墳で、2020年に調査されました。その結果、墳丘の内部には二段に墳丘内列石が施されていました。主体部は横穴式石室で、右側壁と天井部は失われていますが、残存長7.2m、玄室長3.1m、幅1.9m、高さ1.9m以上、羨道長4.1m以上、幅0.9mの両袖式で、石材は砂岩を横目地を意識せず積み上げています。玄室の入口には梱石があり、奥壁前には棺台状に石が並べられています。須恵器、鉄製品、玉類、耳環などの副葬品から六世紀後半に初葬されたあと、六世紀末まで複数回の追葬が行われたと思われます。立地や築造時期から、古墳群の中では最初に築かれた古墳と考えられ、これを契機に法貴峠古墳群が形成されていったと思われます。

横穴式石室

玄室、手前に梱石、奥壁前に棺台がある

奧側の墳丘内列石


桜峠古墳群

 亀岡市曽我部町寺、興能神社の前から細い林道を南に進むと、林の中に入ってすぐ左に水道タンクがあります。その手前周辺が古墳群で、林道の東側に1〜7号墳、西側に8〜17号墳がありますが、西側の林には立ち入りができません。小さな交差点の先で左の薮の中に突入すると、1号墳があります。径18.6mの円墳で、天井石が露出しています。すぐ南にある径8.5mの円墳です。水道タンクのすぐ北に6号墳があります。径9.8mの円墳で、石材がいくつか露出しています。タンクの東に回ると、4号墳(5号墳かも?)があります。径10mほどの円墳で、一部側壁が残っています。

1号墳、天井石露出

2号墳

4号墳?側壁一部露出

6号墳、天井石露出


宮条古墳群

 亀岡市曽我部町寺、興能神社の北の道を500m進み、右折してしばらくして山林内に入ると、すぐ右側の林道沿いにあります。最も奧にある2号墳は径18.5mの円墳で、横穴式石室の側壁がわずかに開口しています。玄室は3.3m×1.4mの右片袖式です。北にある3、4号墳は、ともに小円墳で、4号墳では天井石が露出しています。

2号墳

2号墳、側壁が開口

2号墳玄室奥壁

2号墳玄門部

3号墳

4号墳

 林道沿いに、さらに5、6、8号墳が並んでいますが、いずれも半壊した小円墳です。5号墳の山側に7号墳があり、天井石が露出しています。その北にある9号墳は墳頂が陥没。さらに12号墳では天井石が露出しています。林道の入口付近には10号墳らしきマウンドがあります。・・と、ここまで紹介してきましたが、2、7号墳以外は正直言って、遺跡地図と実際が一致せず、ほとんど適当に名称をあてはめています。

5号墳

左に8号墳、右奧へ6、5号墳が並ぶ

7号墳、天井石が露出

9号墳

12号墳

10号墳


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