兵庫県加西市東部の古墳


玉丘古墳群 【管理人特選】【国史跡】

 加西市玉丘町に玉丘史跡公園として、整備公開されています。玉丘古墳を中心として、前方後円墳2、帆立貝式古墳2、方墳1、円墳9基以上からなり、うち、10基が国史跡に指定されています。また、公園内に後期の愛染古墳が移築されています。

 

 ■玉丘古墳

 五世紀後半の大型前方後円墳で全長109m、後円部径63m、高さ9m、前方部幅58m、高さ7mの規模で幅15〜20mの周濠が巡っています。明治17年に盗掘を受けて石棺が破壊され、その一部が残っています。

同一水面の盾形周濠がめぐる美しい墳丘

後円部墳頂の巨大な盗掘坑

盗掘坑に散乱する長持形石棺の破片

長持形石棺の精緻な加工
 

 2015年に今後の保存整備のため、昭和6年の調査以来84年ぶりに石棺材の遺存状態が調査され、その全貌が明らかになりました。検出されたのは、底石、蓋石の一部、短側石の片側、長側石の一部です。底石は源位置にあり、3×1.6×0.3mの大きさで、側石をはめ込む溝が掘られています。蓋石は短辺側の一部で、丸い縄掛突起が1個あり、方形の彫り込みが施されています。短側石は1.15×1.06×0.21mの大きさで、上辺と左右両辺は丸く削り、下辺は、底石にはめ込むため、斜めに削っています。長側石は片側の三分の一が残り、縄掛突起が1個、内面に短側石をはめ込むためのU字形の溝が彫られています。この調査で姿を現した石棺は、大王墓に匹敵する巨大かつ整美なものであると確認できました。

巨大な盗掘坑

蓋石の一部、縄掛突起と方形の彫込みが残る

短側石、方形の小突起が二つある

長側石の一部、縄掛突起とU字形の彫込み

 その他の古墳

玉丘古墳の陪塚1号墳(向う側)、径20mの円墳

陪塚2号墳、周濠をもつ一辺24mの方墳

実盛塚古墳、径21mの円墳

クワンス塚古墳、周濠をもつ径35mの円墳

移築された愛染古墳、径18mの円墳

愛染古墳横穴式石室と組合せ式家形石棺

愛染古墳調査時の残存状況

笹塚古墳、公園の北の住宅地内にある帆立貝式古墳

笹塚古墳墳頂、竪穴式石室の天井石が見えている


山伏峠石棺仏群 【管理人推薦】

 加西市玉野町、加西球場の東側のサイクリング道路を南に登っていった低い峠にあります。石棺仏の多い播磨地方でも、形式の違う大型の石棺蓋に刻まれた石棺仏が二基並ぶ光景は他になく、壮観です。東側の一体は県指定文化財で、208×123×42cmの家形石棺の蓋に弥陀座像を半肉彫りしています。蓮座の下に建武四年(1337)の銘があります。背面には縄掛突起がきれいに残っています。左の一体は、播磨では唯一、長持形石棺の蓋石を使用していて、174×88×18cmの本体に大きな縄掛突起が長辺に二個ずつ突き出しています。内面中央に地蔵半踟像、その両側に小さな六地蔵を半肉彫りしています。右側輪郭に暦応元年(1338)の銘があります。すぐ右にも小さな石仏がありますが、石棺材かどうかは不明です。

美しい石棺仏群

家形石棺の弥陀座像

長持形石棺の地蔵半踟像と六地蔵

家形石棺の表側


明神山古墳

 加西市別府町、県道371号線西別府交差点の北西100mの南斜面にあり、横穴式石室が露出しているのですぐわかります。径15mほどの円墳で、石室は羨道部を失い、玄室の奥側のみ残存。現存長2.5m、幅1.9m、高さ1.8mの規模で、小型の自然石を積み上げています。天井石は巨石1枚のみ残っています。


毘沙門古墳

 加西市玉野町の市道沿いに玉野石棺仏があり、その奥の林の中にあります。径20mほどの円墳で、墳頂の盗掘坑に横穴式石室の奥壁側がわずかに開口しています。内部はかなり土砂が流入していますが、全長6.8m、玄室長4m、幅1.4m、現高1.2m、羨道長2.8m、幅1.1m、現高0.8mの規模です。玉野石棺仏は、家形石棺の蓋石に光背を伴った仏像が浮き彫りされています。

奥壁側がわずかに開口

奥壁、土砂が大量に流入している

玄門部

近くにある玉野石棺仏


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