兵庫県加西市東部の石棺群


常吉大師堂・阿弥陀石棺仏

 加西市常吉町、常吉公民館の北にあり、道路沿いなのですぐわかります。小さなお堂の中に、109.5×55×9cmの大きさの側石に阿弥陀如来座像が線刻で描かれています。優美な姿で、南北朝頃の作風です。

常吉大師堂

側石に線刻された阿弥陀座像


朝妻延命尼寺跡・阿弥陀石棺仏

 加西市朝妻町、朝妻公会堂(公民館と間違えやすいので注意)のとなりにあります。111×72×11cmの薄い石棺側石に阿弥陀座像を肉厚に彫り出しています。火炎を表現した光背や、ふくよかな顔立ちに特徴があり、南北朝期の優品です。

林の前にあり、道路から見えています。

側石に浮彫された阿弥陀座像


玉野・阿弥陀石棺仏

 加西市指定文化財。加西市玉野町、玉田医院の南200mの道路沿いにあり、背後の林の中に毘沙門古墳があります。180×102×30cmの大型の家形石棺の蓋石の内面を長方形に彫り窪め、その中に阿弥陀座像を半肉彫りしています。顔以外は非常に保存状態が良く、一部に彩色の痕跡も残っています。鎌倉後期の優美な造形で加西市内の石棺仏の中でも最高傑作と言って良いでしょう。

 

優美な石棺仏

裏側、すっきりした加工


玉野薬師堂・阿弥陀三尊種子石棺板碑、および石棺群

 加西市玉野町、玉野交差点から県道716号線を南下し、次の交差点を左に曲がるとすぐに玉野薬師堂があり、その裏に3基の石棺材があります。最も目立つのは214×112×16cmの大きな組合せ式石棺底石に阿弥陀三尊種子と建治三年(1277)銘が彫られています*加西市指定文化財)。残念ながら真二つに割られていますが、溝が良好に残っています。近くに家形石棺の蓋石も二基分残っています。いずれも小型の物で、手前の一基は石仏の台石となっていて、奧の一基は三つに割られています。

玉野薬師堂の石棺群

巨大な阿弥陀三尊種子板碑

割られた家形石棺蓋石

石仏群の台石となっている家形石棺蓋石


上宮木・阿弥陀石棺仏

 加西市上宮木町433-1、上宮木集落の道端に石仏や五輪塔がずらりと並んでいて、その中に石棺仏1、石棺2が置かれています。説明板のある阿弥陀石棺仏は加西市指定文化財で、131×74×20cmの石棺底石に阿弥陀如来座像を薄肉彫りしています。優美で保存状態も良く、南北朝前期の作と思われますが、鎌倉末期の力強い作風も残した優品です。左端にある二体も石棺の底石で、かなり破損、磨滅していますが、これらもおそらくは元石棺仏であったと思われます。

 

阿弥陀石棺仏

底石二体、元石棺仏か?


上宮木前田橋・阿弥陀石仏

 加西市上宮木町、国道372号線前田橋のそばに二体の石仏があり、そのうちの一体が石棺側石の可能性があります。ただ、決め手はありません。石仏としては、稚拙な出来です。

前田橋のそばにある

石棺側石か?


繁昌町石棺群

 加西市繁昌町、国道372号線繁昌交差点の南100mに、道路を挟んで二基の家形石棺蓋石がともに、側溝の枡の蓋に転用されています。一部破壊されていますが、東側の蓋石は幅74cm、厚さ14cm。西側の蓋石は幅60cm、厚さ13cm。

県道東側の石棺蓋石

県道東側の石棺蓋石

県道西側の石棺蓋石

県道西側の石棺蓋石


安養寺地蔵石棺仏、および石仏群

 加西市豊倉町の安養寺境内には、多くの石仏が集められており、その道のマニアには著名なスポットです。その中の一つである地蔵石棺仏は115×68×20cmの石棺底石に地蔵菩薩を浮彫したものですが、組合せ用の溝をそのまま胴体に利用している超手抜き品です。さらに漫画のような表情も脱力感たっぷりで、素人が彫ったのではないかとさえ思います。これでも南北朝頃のものらしいですが。この石棺仏の後ろには、縄掛突起の残った石材があり、おそらく家形石棺の蓋石と思われます。この他に側石を使用していると思われる石仏が二体ありますが、確証はありません。

中央が地蔵石棺仏

溝の内側がそのまま胴体となっている

地蔵石棺仏の後ろにある家形石棺蓋石

右奧の阿弥陀三尊像と左手前の阿弥陀像が

石棺仏の可能性有


乎疑原神社石棺板碑

 加西市豊倉町の県道23号線沿いの乎疑原神社にあります。正面石段に向かって右の方に二つの石棺材が祭られています。右側は阿弥陀如来の種子が彫られた板碑で、左側は、表面が磨耗して、何なのかは不明です。これらはいずれも家形石棺の蓋石を割ったもので、本来は一つの石棺材であったと思われます。

石段の右の方にある

家型石棺の蓋を二つに割ったもの


清慶寺・阿弥陀三尊種子石棺板碑、阿弥陀石棺仏

 兵庫県指定文化財。加西市中野町の清慶寺境内にあります。171×79×15cmの大型の家形石棺蓋石の内側に阿弥陀三尊の種子を薬研彫りし、その上に地蔵の種子も彫られています。正和三年(1314)の銘があります。大きさの割にはかなり薄肉で、板碑に転用するには最高の石材です。南天御首塚の隣りにも石棺仏があります。溝の残る組合せ式石棺底石に阿弥陀如来を彫っていますが、像はかなり磨耗しています。

阿弥陀三尊種子板碑

阿弥陀三尊種子板碑裏側、大型だが非常に薄い

阿弥陀石棺仏

阿弥陀石棺仏正面


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