葛城の古墳


二塚古墳(13-C-109)

 国史跡。葛城市寺口、葛城山から東に延びる尾根筋を切断して築かれた全長60mの前方後円墳で、墳丘の周囲に幅15mの平坦面が設けられています。埴輪はなく、貼り石が認められます。横穴式石室が後円部、前方部、西側造り出し部の三ヶ所に存在します。後円部石室は全長16.4m、玄室長6.7m、幅3m、高さ4.1m、羨道長9.7m、幅1.7m、高さ2.6mの両袖式で、玄室内に凝灰岩の破片が散乱しています。前方部石室は全長9mの右片袖式、西側造り出しは全長7.8mの規模で竪穴系横穴式石室です。

大和平野を見下ろす墳丘

後円部石室正面

奥壁

玄門部

前方部石室

造り出し部石室

笛吹神社古墳(13-D-183)

 県史跡。葛城市山口、葛城山から東に延びる尾根上に約80基からなる笛吹古墳群があり、その先端に位置する径25mの円墳で、笛吹神社境内にあります。横穴式石室が南に開口。全長11.1m、玄室長6m、幅2.4mの右片袖式ですが、奥壁から土砂が流入して、かなり埋まった状態です。石室内に家形石棺が残っており、縄掛突起の形態から古いタイプと見られます。

平林古墳(13-C-2)

 県史跡。葛城市兵家、葛城山から東北に派生する尾根上に位置する全長62mの前方後円墳で、傾斜地に後円部を平野に向けて築かれています。後円部南側に横穴式石室が開口、玄室長5.7m、幅3.3m、高さ3.8m、羨道長8.8m、幅1.9m、高さ2mの両袖式で、石室前には前庭がハの字状に広がっていて、前庭を含めた全長20.1mです。羨道には仕切施設があり、排水溝も設けられています。玄室に木棺、羨道に組合せ式石棺が安置されていました。発掘調査の結果、直刀、槍、鏃、斧などの鉄製品、馬具、銅鏡、土器が見つかっています。

墳丘

石室前庭部、石室は一度解体修理されています

奥壁、玄室が巨大なので巨石に見えませんが、充分巨石です

玄門部

羨道に組合せ式石棺の底石がある

解体修理中の石室 →


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