奈良県葛城市・北花内大塚古墳

幕末の大規模な盛り土を確認


●奈良県葛城市北花内 北花内大塚古墳

●2005年12月2日 関係者に公開/宮内庁書陵部

 宮内庁が飯豊天皇陵として管理する北花内大塚古墳は全長90m、前方部幅70mの前方部が異常に発達した前方後円墳ですが、護岸工事に先立ち、墳丘裾部12ヶ所を同庁書陵部が発掘調査し、現場が報道機関と研究者に公開されました。5世紀末〜6世紀初めの埴輪片が出土したほか、幕末の文久の修陵の際に陵墓の荘厳化のため、大規模に盛り土を行った跡がみつかりました。現状はくびれ部がほとんどなく、三角形に近い形をしていますが、築造当初は現在よりも前方部幅が5m以上狭く、くびれ部がより明確だった可能性が出てきました。

前方部コーナーのトレンチ

くびれ部のトレンチ、手前の杭列は大正時代の護岸、奥の石列は江戸時代の神社参道と思われ、その上の盛り土が幕末のもの。


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