福岡県上毛町(旧大平村)の古墳


穴ヶ葉山古墳群 【管理人推薦】

 旧大平村下唐原2356-1、古墳公園として整備され、ほとんどの地図に出ています。11基あるそうですが、3基の後期古墳が見学可能で、1号墳が国史跡です。

 1号墳 【装飾古墳】

 南北41m、東西32mの楕円形墳で、谷側が三段、山側が二段に築成され、山側に溝が掘られています。大型の横穴式石室がほぼ南に開口、全長10m、玄室長3.4m、幅2.4m、高さ2.2m、羨道長7m、幅1.6m、高さ1.9mの両袖式で、奧・側壁はすべて巨石を一段積み、天井石も巨石四枚を架設しています。羨道と墓道に線刻画が多く残っています。右側壁の中央の石材に、木の葉、鳥、亀など、最奧の石材に木の葉、右墓道の最上部の石材に魚、左側壁の中央の石材に木の葉が描かれています。

1号墳正面

羨道

玄室奥壁と右側壁

右袖部

羨道右側壁中央石材の木の葉と鳥

羨道右側壁中央石材の木の葉

羨道右側壁最奧石材の木の葉

墓道最上部の石材

魚の線刻があるはずだが高くて見えない

 2号墳

 1号墳のすぐ下にあります。径10mほどの円墳で、横穴式石室が開口。入口は狭いですが、玄室は割と広く、3m×2m×2mくらいあります。

2号墳正面

羨道部

玄室奥壁

奧から

 3号墳 【装飾古墳】

 1号墳の上にあります。径19mの円墳で、複室構造の横穴式石室が開口。後室は3.2m×2.1m×2.6m、前室は0.7×1.6×1.5mの大きさで前室は極小です。後室左側壁の前側の腰石に大きな木の葉紋が線刻されていますが、かなりわかりにくいです。

石室正面

前室から後室

後室奥壁

後室奧から

前室から入口

後室左側壁腰石の木の葉紋、わかりにくいです


穴ヶ葉山南3号墳 【装飾古墳】

 旧大平村下唐原、穴ヶ葉山南古墳群は、穴ヶ葉山古墳群のすぐ南の丘陵上に存在した10基以上からなる古墳群ですが、開発のためほとんど消滅し、最後に残った4基も産廃処分場のために破壊されることになりました。しかし、1983年の発掘調査で、3号墳の石室から線刻壁画が見つかったために3号墳だけが、処分場の敷地内に移築保存されました。古墳は径13mの円墳で、幅1mほどの周溝が巡ります。横穴式石室は推定全長5.6m、玄室長2.2m、幅2.1m、高さ1.65m、羨道長3.4m、幅1.15m、高さ1.2mの両袖式で、床面には敷石があり、その地下に暗渠が設けられていました。右袖石の全体に、木の葉と思われる紋様が三ヶ所に認められます。その隣の羨道右側壁石材にも、右上一ヶ所に木の葉紋がありますが、こちらはかなり薄れてきています。

移築された古墳

羨道部

玄室奥壁

奧から、右袖石に線刻画がある

羨道右側壁の木の葉紋

右袖石の線刻画、木の葉紋など


穴ヶ葉山西古墳群(仮称)

 旧大平村下唐原、穴ヶ葉山古墳群の南西、南古墳群のすぐ南の道路沿いにあり、東九州自動車道の予定地内にある2基の古墳が調査されました。仮称1号墳は、比較的横穴式石室の残存状態が良く、自然石乱石積みの古いタイプの石室です。仮称2号墳は小石室の基底部のみが残っていました。

仮称1号墳

仮称1号墳石室正面

玄室奥壁

奧から

仮称2号墳石室

仮称2号墳石室


百留横穴墓群 【装飾古墳】

 上毛町指定史跡。旧大平村百留、集落から西の方を見ると、南北に延びた丘陵の崖面に横穴群が見えています。現在史跡整備され、見学しやすくなっています。現在49基が確認されていて、そのうち1基に装飾が残っています。また、他にも装飾の痕跡があるものが数基見られます。毎年お盆には提灯が並べられ、供養が行われています。

東側の横穴群

整備された横穴墓

横穴内部

奧から

屍床のある横穴

この溝は扉石用か?

 ほぼ中央の横穴には装飾が見られます。四角く加工された飾り縁の外壁、庇に同心円紋が赤色で描かれています。その他にも赤色に塗られた横穴がいくつか見られます。

この2基は飾り縁に赤色が塗られている

左の横穴の彩色

ほぼ中央にある装飾横穴墓

向かって左側の同心円紋

庇にも彩色紋様がある

庇の円紋など

 南にいくほど横穴は小規模になり、床面に川原石を敷いた横穴が密集しています。また、丘陵の北端から西に回り込んだ裏側にも横穴群が続いています。

奥の方には、小規模な横穴群が並ぶ

床には一面に川原石が敷かれている

川原石が敷かれた小横穴群

この横穴は壁に赤色が塗られている

横穴群の北端、右の西側にも横穴墓が続いている

西側の支群


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