宮崎県国富町東部


本庄古墳群本庄地区東部エリア 【管理人推薦】【国史跡】

 本庄古墳群は国富町の本庄台地上に分布する大古墳群で、四世紀後半から六世紀にかけて築かれました。前方後円墳17、円墳37、横穴2、地下式横穴墓1基が国史跡に指定されています。古墳群は、大きく分けて市街地中心部の本庄地区と、北西台地上の飯盛地区とに分かれます。本庄地区には前方後円墳16、円墳29、横穴墓2、地下式横穴墓1基が分布します。この本庄地区で驚かされるのは、市街地の中心部に多数の古墳が保存されていることで、街の中に古墳があるというよりも、古墳群の中に街があるといった感じです。飯盛地区には前方後円墳1、円墳6基が分布しますが、本庄地区とはかなり離れており、同じ古墳群と言えるのか、議論のあるところです。

本庄地区東部エリア分布図(下方向が北)

古墳リスト


 国富町役場の東約1kmの県道沿いに13号墳(観音山古墳)があり、ここに古墳群の説明板があります。13号墳は全長73m、後円部径38mの前方後円墳で、一部削られていますが、比較的墳丘は良く残っています。柄鏡式なので、前期の古墳と思われます。すぐ東の民家奧に12号墳(上山塚)があります。本来は前方後円墳ですが、墳丘は大きく削られ、現在は径30mほどの後円部だけが残っています。

13号墳(観音山古墳)

12号墳(上山塚古墳)

 13号墳から県道の向かい側には14号墳があります。小さな円墳ですが四方向を削られ、現状では一辺7mほどの方墳みたいになっています。すぐ西の民家奧にある15号墳(東銚子塚古墳)は状態の良い全長73m、後円部径35m、柄鏡式の前方後円墳です。16号墳は消滅。15号墳の北側には町道を挟んで東に円墳の17号墳、西側に前方後円墳の18号墳(西銚子塚古墳)があります。17号墳はかなり変形した円墳です。18号墳は全長80m、後円部径38mの柄鏡式古墳で、後円部は良好に残っていますが、前方部はかなり削られています。すぐ南側の民家ブロック塀の中に19号墳がありますが、墳丘は完全に変形していて、お庭と化しています。

13号墳、県道側から

14号墳

15号墳(東銚子塚古墳)

17号墳

18号墳(西銚子塚古墳)

19号墳

 県道の南側へ戻って、13号墳の西の道を南へ進むと、西側の民家の合間に21〜23号墳が点在します。21号墳(荒神塚古墳)は民家裏にあり、円墳ですが、かなり削られて、ほとんど築山化しています。すぐ西にある22号墳(地蔵塚古墳)は径20mほどの円墳ですが、墳丘上に地蔵堂が建っていて、石段もあり、原型を留めて居ません。23号墳は道沿いの竹薮の中にあります。小円墳ですが、破壊が進んでいます。

21号墳(荒神塚古墳)

22号墳(地蔵塚古墳)

23号墳、竹薮の中に墳丘がある

 25号墳南の道路沿いにある26号墳(てんの塚古墳)は全長60m、後円部径30mの前方後円墳で、墳丘が比較的良く残っています。見るからに前方部が大きく、中期の築造と思われます。墳丘上に金比羅神社が鎮座しています。南100mの27号墳(猪の塚古墳)は全長47m、後円部径32mの前方後円墳で、上部がやや削平されているかも知れません。西100mの民家奧に28号墳(前堀塚古墳)があります。全長35mの前方後円墳で、前方部がかなり発達しているように見えます。

26号墳(てんの塚古墳)

27号墳(猪の塚古墳)

28号墳(前堀塚古墳)、右が前方部

 28号墳の西側にある本庄小学校の周囲には29〜31号墳が隣接しています。小学校の北東隅にある29号墳(下長塚古墳)は全長60m、後円部径30mの前方後円墳で、西側の墳丘裾が削られて民家がギリギリに建てられているので、現在崩落の危険があるそうです。30号墳は小学校のグラウンド南にある径20mの円墳です。東、北側が大きく削られて原型を留めて居ません。小学校の北西隅、道路に面して31号墳(京塚古墳)があります。現在は小学校の講堂などで四方を削られて箱庭のようになっていますが、本来は径40mほどの大きな円墳だったと思われます。裾部から地下式横穴墓が見つかっています。

29号墳(下長塚古墳)

30号墳(濱の面塚古墳)

31号墳(京塚古墳)


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