宮崎県国富町西部


本庄古墳群本庄地区西部エリア 【管理人推薦】【国史跡】

 本庄古墳群は国富町の本庄台地上に分布する大古墳群で、四世紀後半から六世紀にかけて築かれました。前方後円墳17、円墳37、横穴2、地下式横穴墓1基が国史跡に指定されています。古墳群は、大きく分けて市街地中心部の本庄地区と、北西台地上の飯盛地区とに分かれます。本庄地区には前方後円墳16、円墳29、横穴墓2、地下式横穴墓1基が分布します。この本庄地区で驚かされるのは、市街地の中心部に多数の古墳が保存されていることで、街の中に古墳があるというよりも、古墳群の中に街があるといった感じです。飯盛地区には前方後円墳1、円墳6基が分布しますが、本庄地区とはかなり離れており、同じ古墳群と言えるのか、議論のあるところです。

本庄地区東部エリア分布図(下方向が北)

古墳リスト


 本庄小学校から道路を挟んで西側の台地南辺には古墳が密集しています。国富町商工振興会館の隣りに35号墳(馬塚古墳)があります。小円墳ですが、現状はきれいな花壇と化しています。そのすぐ南側、変電所のとなりに36号墳(千貫塚古墳)があります。後円部径20mの前方後円墳ですが、前方部は失われています。すぐ西側の崖っぷちに56号墳があります。小さな円墳です。

35号墳(馬塚古墳)

36号墳(千貫塚古墳)

56号墳

 36号墳の西に周囲を民家に囲まれた37号墳(上長塚古墳)があります。全長73m、後円部径37mの前方後円墳で、墳丘上は削平されて、石碑が建てられています。詳細は不明です。北側の民家の向こうに34号墳(義門寺山内塚古墳)が見えています。全長54m、後円部径28mの前方後円墳で、ここも墳丘上は削平されています。

37号墳(上長塚古墳)

37号墳、前方部から後円部

34号墳(義門寺山内塚古墳)

34号墳、前方部から後円部

 34号墳の西200mにある38号墳(剣塚古墳)は、墳丘上に本庄稲荷神社の立派な社殿が建っています。全長56m、後円部径35mの前方後円墳で、前方部はあまり残って居ません。メインストリートである県道26号線から356号線に入り、飯盛地区へ向かい約1km、左側に小さな住宅地があり、その中に44号墳があります。径8mほどの小さな円墳です。

38号墳(剣塚古墳)

44号墳


本庄古墳群飯盛地区 【管理人推薦】【国史跡】

 本庄市街地から県道26号線を西へ進み、藤元建設のところで右へ曲がって台地を登っていくと、台地上の農地の中に飯盛地区の支群があります。道路沿いにある48号墳は全長52m、後円部径30mの前方後円墳で、墳丘はやや低くなっていますが、良好に残されています。すぐ隣りある49号墳は、径30mほどの美しい円墳です。その南にある50号墳も大きな円墳ですが、墳丘の裾がかなり削られています。

48号墳

49号墳

50号墳

 49号墳の墳頂から東を見ると、農地の中に、3基の小円墳が散在しています。いずれも周囲を削られてかろうじて残されています。さらに200mほど北の墓地のとなりにも55号墳があります。

左から52〜54号墳

52号墳

53号墳

54号墳、農道で半分削られている

55号墳


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