岡山県倉敷市(旧倉敷市)の古墳
◆王墓山古墳群 【管理人推薦】
倉敷市の北東端、中山の西にある丘陵上に築かれた古墳群で、一帯は住宅地として開発されていますが、古墳の多くが現状のまま王墓の丘史跡公園として保存されています。(一部移築)
■楯築弥生墳丘墓 【国史跡】
倉敷市矢部、王墓の丘史跡公園の北端にあります。径50mの円形の墳丘に二つの突出部が付いた全長72mの弥生時代後期の墳丘墓で、北東突出部は団地造成で破壊され、南西突出部は給水塔で破壊されました。墳頂には5個の巨石が円環状に配され、斜面にも石列が見られます。埋葬施設は木槨内に納められた木棺で、大量の朱が敷かれていました。墳頂には石の祠があり、その中に弧帯文が浮彫された亀石がご神体として納められていましたが、今は収蔵庫の中にあり、小さな窓から見学可能です。発掘調査で、もう1個の弧帯石が破壊された姿で見つかっています。
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■向山古墳群
楯築弥生墳丘墓の南側一帯に分布する群集墳で、現存9基です。ほとんど原形を留める物はなく、小型の横穴式石室が半壊して露出しています。
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■王墓山古墳(赤井西1号墳) 【県史跡】
倉敷市庄新町、王墓の丘史跡公園王墓山地区の北端にあります。墳丘と石室はほとんど破壊され、家形石棺のみが残っています。井原市産の貝殻石灰岩(浪形石)製では唯一の組合せ式で、長さ2.1m、幅0.96m、底板と小口側板とはほぞで組み付ける手の込んだ細工をしています。
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■大池上古墳群
王墓山古墳のすぐ南西にあり、現存二基の横穴式石室の基底部が残っています。
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■真宮古墳群
史跡公園・王墓山地区のほぼ中央、真宮神社周辺に群集する現存5基の古墳群で、特に6号墳は墳丘は消失していますが、王墓山では最大の横穴式石室が完存しています。全長11m、玄室長5.6m、幅1.8mの規模で、羨道部は完全に埋まっています。
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■東谷古墳群
史跡公園・王墓山地区の南端に分布し、現存15基です。すべて横穴式石室を主体部とする後期古墳のようです。
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倉敷市二子の丘陵上にありましたが、山陽自動車道建設にともない、調査後、現在地に移築されました。山陽新幹線倉敷トンネル東入り口北の山陽自動車道隣接地にあります(地権者の小田さんが土地を無償提供)。一辺13mの二段築成の方墳で斜面には石垣状に石積みされています。横穴式石室は全長約7m、玄室幅1.5m、高さ1.5mくらいで、入り口は一枚石で閉塞されていました。終末期の整美な古墳です。
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倉敷市生坂の生坂ハイツという住宅街の公民館の前に現地保存されています。径15mの円墳で、横穴式石室が南に開口。全長6.9m、玄室長4.7m、幅1.7mの右片袖式で、石材は花崗岩を平滑に削り、終末期らしい端正な造りです。もう1基残っているらしいのですが、すぐ上にあるマウンドがそうでしょうか?石材らしきものが露出しています。
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倉敷市生坂の山陽道倉敷IC南側の墓地内にあります。元々は北北西132mの西坂の山陽道敷地内にありましたが、調査後現在地へ移築されました。元は径17mの円墳で、南南東に開口(現在は北北東)していた横穴式石室は全長9.5mの右片袖式、玄室奥壁は1枚石で、床には石が敷かれています。木棺が納められていたそうです。立派な説明の石碑が建てられていますが、裏側に、移築先の土地提供と移築費用に民間人の協力があったことが記されています。頭が下がりますね。六世紀後半の築造です。
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