群馬県前橋市東部の古墳


月田古墳群

 旧粕川村月田、月田小学校の北側にあります。元は34基存在したらしいですが、現存5基、うち見学しやすいのは3基です。最も南にある鏡手塚古墳は周溝がめぐる全長28m、後円部径17.5mの前方後円墳で、主体部は自然石乱石積みの横穴式石室です。全長5.89m、玄室長2.95m、幅1.31m、高さ1.73mの右片袖式ですが、現在内部は埋まっていて、入室できません。墳丘には河原石の葺石が良好に残っています。六世紀中頃の築造と考えられます。

鏡手塚古墳

鏡手塚古墳、石室天井石が露出、内部は埋まっている

 道路の北側に壇塚古墳があります。周溝が巡る径25mの円墳で、自然石乱石積みの横穴式石室が開口しています。全長7.4m、玄室長4.1m、幅2m、高さ1.9mの片袖式で、石室内は支柱が縦横に張り巡らされ、奧にはとても行けそうにありません。実測寸法から見ると、かなり床が埋まっていそうです。東に隣接して薬師塚古墳があります。墳丘がかなり削られていますが、横穴式石室の天井石が露出しています。

壇塚古墳

壇塚古墳、石室開口部

壇塚古墳石室内部

薬師塚古墳

大室古墳群 【管理人特選】

 前橋市西大室町にあり、現在大室公園として整備公開されています。大型の後期前方後円墳3基、小前方後円墳2基、円墳5基からなり、うち、4基が国史跡に指定されています。前二子、後二子古墳の石室は、入口にシャッターが設けられ、4〜11月の月曜日以外と12〜3月の土日祝日に中に入れます。

 

 M−1(内堀1)号墳、小二子古墳

 M−1号墳は周溝が巡る全長35.2mの前方後円墳ですが、墳丘の上部が削られ、石室も破壊されていました。現在は古墳の上に盛土をして復元展示されています。六世紀後半の築造です。小二子古墳は国史跡で、全長38mの前方後円墳で、二段築成ですが、テラスが広く、上段はややショボイ印象です。主体部は全長6m、幅1.8mの横穴式石室ですが、調査時すでにほとんど破壊されていました。現在、埴輪も含め復元されています。

M−1号墳

小二子古墳

 後二子古墳

 国史跡。全長85m、後円部径48mの前方後円墳で、二段築成。周囲に盾形周溝が巡り、さらに周堤も良好に残っています。後円部に自然石乱石積みの横穴式石室が開口。全長8.9m、玄室長4.8m、奥壁幅2.7m、高さ2.2mの両袖式で、玄室は中央の間仕切り石で前後に区分けされています。石室の前には基壇を掘り下げて墓道が造られ、上段の盛り土の量を減らす工夫がされています。埴輪列や石室前の祭祀土器群、石室内の副葬品と追葬の状況など、貴重な資料が数多く残っていました。六世紀後半の築造です。

墳丘

後円部、基壇を掘り込んだ墓道が石室前にある

石室開口部

石室内部

 中二子古墳

 国史跡。全長111m、後円部径65mの二段築成の前方後円墳で、大室古墳群中では最大です。二重の周溝が巡り、外堀までの範囲は170m×138mにも及びます。堀には二ヶ所に土橋が残っていて、中堤には埴輪列が復元されています。レーダー探査で後円部に横穴式石室がありそうなことがわかっていますが、私が生きている間に調査してくれるでしょうか?六世紀前半の築造です。

 前二子古墳

 国史跡。全長94m、後円部径69mの前方後円墳で、二段築成。二重の周溝が巡ります。後円部に大型の横穴式石室が開口。全長13.9m、玄室長5.2m、幅2m、高さ2.1m、羨道長8.7m、幅1.3m、高さ2mの両袖式で、玄室、羨道とも狭長、この地域では初期の石室です。床には敷石が敷かれ、羨道は入口に向かって床が低くなっています。石室全体に赤色顔料が塗られ、現在は玄門を巨大な扉石が塞いでいます。2003年に保存のための石室解体修理が大成建設によって実施されました。六世紀前半の古墳です。

墳丘

後円部の石室開口部

細長い羨道

玄門、巨大な扉石が塞ぐ

 M−4古墳

 復元されている現状を見ると、径20mほどの二段築成の円墳で、主体部は横穴式石室。テラスの石室前に形象埴輪群が並ぶ。。。といったところですか。

 


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