栃木県益子町の古墳


天王塚古墳(荒久台1号墳) 【管理人推薦】

 町史跡。益子町益子、益子中学校北東0.7kmの西へ延びる丘陵上に分布する28基からなる荒久台古墳群の盟主墳です。全長43m、後円部径21m、前方部幅26mの前方後円墳で、前方部がよく発達しています。周濠が巡り、裾から中腹にかけて幅3mの葺石が覆っていました。埋葬施設は横穴式石室が後円部に開口。全長6.85m、玄室長4.55m、幅1.57m、高さ1.61m、羨道長2.3m、幅0.6m、高さ1.55mの両袖式で、奥ほど広くなる羽子板形をしています。奥壁は硬砂岩の1枚石、側壁は割石を小口積みし、床面には小砂利を敷いた上に板石を並べ、玄門は柱石の上にマグサ石を乗せて狭くしています。玄室は床、天井ともフラットですが、羨道は入口から床面が下っていくように造られ、天井も一段低くなります。豊富な副葬品が出土し、円筒埴輪の形態から、六世紀後半頃の築造と思われます。その他の古墳は、天王塚古墳を最高所として、ここから麓にかけて、林の中に点在しています。天王塚古墳から麓へ降りたところで昇寛さんと待ち合わせしました。

石室正面

羨道から玄門部

奥壁、巨大な一枚石

奥から玄門部

12号墳、径22mの大きな円墳で、石材がわずかに露出

14号墳、径10mの円墳で、奥壁が露出

西坪古墳群 【管理人推薦】

 西坪3号墳(石塚古墳)

 西坪集落の南端、国道123号線沿いにあります。元々、全長30mくらいの前方後円墳でしたが、南側の前方部が道路工事で破壊され、崖面に後円部の横穴式石室が開口しています。玄室長2.89m、最大幅2.05m、高さ1.98mの両袖式で、やや胴張り、天井は奥ほど高くなっています。奥壁、天井は1枚石、側壁は切石を巧みに組み合わせて持ち送っています。羨道は現存長0.96m、幅1.16mでハの字状に開き、玄門は樒石の上に柱石を立て、その上にマグサ石を乗せ、さらにその上に外面を蒲鉾形に整形した天井石を乗せています。柱石の上下はホゾ状に組み合わされています。七世紀初め頃の築造と考えられています。

古墳の現状

玄門部

奥壁、シンメトリーの曲線が美しい一枚石

奥から玄門部

 西坪1号墳(古塚古墳)

 3号墳から集落内の道を登っていくと、途中右側の民家庭に2号墳の高い墳丘が見えています。かなり裾を削られているようです。さらに登っていくと、左の畑の奥の最高所に1号墳があります。3号墳の後に築かれた径20m以上の円墳で、横穴式石室が南に開口。羨道、側壁の一部が破壊されていますが、3号墳と良く似た構造です。玄室長3m、最大幅1.8m、高さ1.8mの両袖式で、奥壁は一枚石、天井は二枚。側壁は胴張り状で、持ち送りがありますが、3号墳に比べると、やや丁寧さに欠ける印象があります。

2号墳

玄門部、マグサ石が割れています

奥壁

奥から玄門部


<ホームへ戻る>

inserted by FC2 system