徳島県美馬市東部(旧脇町、穴吹町)の古墳


■旧脇町

北原古墳

 旧脇町中心部の県道12号線から旧193号線を北上して500m、JAのすぐ東の畑の中にあります。現状で径10mくらいの円墳で、横穴式石室が南向きに開口。全長約7m、玄室は胴張りで、側壁は和泉砂岩の乱石積み、天井は、小さな奥壁のすぐ上から結晶片岩を持ち送る、かなり急激な穹窿式となる段の塚穴型石室です。

畑の中にあります

羨道から玄門部

奥壁

奥から玄門部

中拝原古墳 【管理人推薦】

 市史跡(史跡名は拝中古墳)。旧脇町拝原1081、県道12号線と新国道193号線の交差点の北100m、道路すぐ西側の民家裏にあります。墳丘は周囲を削られて石垣が築かれていますが、現状で径15mくらい。横穴式石室は、全長8mくらいで、形態はほとんど北原古墳と同じ段の塚穴型ですが、こちらが一回り大きくなっています。

墳丘の現状

羨道から玄門部

奥壁

奥から玄門部

東拝原古墳 【管理人推薦】

 市史跡(史跡名は拝東古墳)。旧脇町拝原2470、県道12号線と新国道193号線の交差点の東200m、ガソリンスタンドのあたりから南に50m入った集落の中にあります。墳丘は東側を削られていますが、径20mくらいの円墳で、拝原古墳群の中では最大です。横穴式石室は段の塚穴型ですが、奥壁は一枚石ではなく、天井も緩やかな穹窿式で、玄門袖石もありません。他の古墳とは、あきらかに差を感じます。

墳丘の現状

羨道から玄門部

奥壁

奥から玄門部

野村八幡神社古墳 【管理人特選】

 県史跡。旧脇町野村4144、県道沿いにある野村八幡神社の境内にあります。標高73mの河岸段丘南端に立地する径20m、高さ4mの円墳で、県下では四位の大型横穴式石室が南に開口しています。全長9.05m、玄室は胴張り、天井は穹窿式で、典型的な段の塚穴型の形態です。側壁は砂岩の自然石、奥壁、天井、玄門は結晶片岩を使用し、奥壁の高さ1.1mの位置に石棚を架けています。羨道には排水施設があり、開口部に羨道の巨大な天井石が1枚置かれています。六世紀後半の築造です。

古墳正面、手前に巨大な石材が放置されている

石室入り口

奥壁

玄門部


■旧穴吹町

戎古墳

 吉野側南岸、旧穴吹町穴吹駅の裏山にある穴吹高校寄宿舎すぐ前の民家裏にあります。横穴式石室は羨道部がほとんどありませんが、玄室は完存。やや胴張り状で、天井は緩やかな穹窿式、奥壁は結晶片岩の小口積みで、段の塚穴型の典型が集まる北岸の古墳群とは、違いを感じます。段の塚穴型の亜流といったところでしょうか?

古墳正面

奥壁

奥から、入り口側

尾山古墳

 市史跡。旧穴吹町口山字尾山。戎古墳の西200m、山腹を走る市道から少し、降った民家の庭先にあります。墳丘はほとんど削平されていて、横穴式石室は基底部だけが残っています。玄室長3.82m、最大幅2.32mの規模で、結晶片岩を積み上げ、胴張りはほとんどありません。戎古墳と似た構造と思われますが、玄室だけで4m近くあるのに、説明板に、直径3mと推定する、とあるのは、いくらなんでもねぇ。

石室正面より

奥壁側より

三島古墳群

 市史跡。旧穴吹町三島字三谷にある3基からなる後期古墳群です。国道192号線から案内があり、三島中学校の正門前の山道を登っていった中腹の平坦面にあります。手前の1号墳は全長15mの前方後円墳ですが、2基の円墳説、長円形墳説もあります。東西2基の横穴式石室を持ち、前方部の西石室は内部がほとんど埋没しています。後円部の東石室はほぼ完存。全長5m強、結晶片岩で築かれた玄室は天井は持ち送り式、平面プランは正方形に近く、段の塚穴型としては古い形態と思われます。両袖式ですが、袖石はなく、羨道の途中に柱石があります。奥側の2号墳は円墳で、ほぼ同構造の横穴式石室が完存していますが、こちらは玄門部に立派な袖石があります。

1号墳石室正面より

1号墳石室、玄門部

1号墳石室、奥から玄門部

2号墳東石室正面

2号墳東石室玄室奥壁

2号墳西石室

 3号墳は、三島小学校の東100mにJRと国道を跨ぐ歩道橋があり、その階段の位置から真っ直ぐ南に山を登っていった斜面にあります。なお、古墳周辺は整備されていますが、道は整備されていません。径8mの円墳で、横穴式石室が北北西に開口しています。石室の全長5.6m、玄室長2.2m、幅2.4m、高さ2.2mの両袖式で、袖石はなく、板石を積んでいます。羨道入口には板石を立てています。玄室天井は前後から持ち送るドーム状で、段の塚穴タイプです。同形式の古墳の中でも初期に築造されたと考えられます。

古墳正面、ほぼ北向き

石室羨道部

玄室奥壁、天井を持ち送る

奧から


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