埼玉県皆野町・本庄市(旧児玉町)の古墳


金崎古墳群 【管理人推薦】

 県史跡。皆野町金崎2-1、15、17、110、荒川左岸の河岸段丘上に築かれた元8基以上からなる古墳群ですが、現在見学できるのは4基で、うち、3基で横穴式石室が開口しています。長瀞町との境に近い国道140号線金崎交差点の北東300mに大堺1、2、3号墳があります。1号墳は径16.5mの円墳で、墳丘がほぼ完存していますが、石室は開口していません。すぐ隣の3号墳は径18mの円墳ですが、墳丘はやや崩れていて、横穴式石室が開口。訪問時は、入口にシートが掛けられ、石室内には入れませんでした。出土した須恵器から七世紀初頭の築造とみられます。県立博物館に実物大の石室模型があります。一本裏の通りにある2号墳は、径16mの円墳で、横穴式石室が開口し、見学できますが、入口には柵が設けられて内部には入れません。長瀞系変成岩の割石を小口積みして持ち送り、玄室は胴張り状で、奥壁は板石二枚を上下に並べています。羨道部は失われているようです。天神塚古墳は金崎交差点の西100m、金崎神社の隣にあります。径13mの円墳で、墳丘はかなり崩れていますが、横穴式石室はほぼ完存しています。長瀞系変成岩の割石を小口積みしていますが、こちらは持ち送りがほとんどなく、玄室も短冊形です。羨道との区画は不明瞭です。埴輪片が出土し、六世紀後半の築造とみられます。

1号墳

3号墳

3号墳石室実測図

3号墳石室レプリカ(県立博物館)

2号墳

2号墳石室内部

天神塚古墳

天神塚古墳石室正面

天神塚古墳奥壁、上下二段積み

天神塚古墳石室奥から外、持ち送りがほとんどない

皆野大塚古墳 【管理人推薦】

 県史跡。皆野町皆野95、秩父鉄道皆野駅の南1km、国道140号線と県道206号線との三叉路から県道を北へ200mの位置にあります。荒川右岸の段丘上に築かれた径33m(「日本の古代遺跡」では径18m)の円墳で、葺石が良く残っています。周濠の痕跡がありますが、一周はせず、石室前の南側は土橋が残されています。墳丘上に祠があり、その石段の脇に横穴式石室が開口、全長7.8m、玄室長5m、最大幅3.3m、高さ3m、羨道幅1.2〜1.7m、高さ1.3mの規模で、玄室は胴張り状で、玄門に向かって幅が狭まり、そのまま羨道に繋がっているので、袖部がほとんどなく、両袖式か無袖式か微妙なところです。側壁はやや大きい片岩を基盤に並べ、その上に割石を小口積みにして持ち送っています。石材の隙間には小石や石綿を詰め込んでいますが、アスベストははたして大丈夫か!?玄門部には柱石、冠石、樒石が残っていますが、柱石は左側にしかありません。七世紀第2四半期の築造と推定されています。

石室正面

奥壁

奥から玄門方向

隙間に詰められた石綿と小石


庚申塚古墳(秋山1号墳) 【管理人推薦】

 市史跡。本庄市旧児玉町秋山、国道254号線沿いにあるエーザイ美里工場の南西1kmの農地一帯に現存27基からなる秋山古墳群があります。その東端の市道沿いに、盟主墳である庚申塚古墳があり、径20mほどの円墳で、二重周濠をもちます。完存する横穴式石室は全長7.72m、玄室長5.56m、最大幅4.05m、高さ2.04m、羨道長2.67m、幅1.73m、高さ1.43mの両袖式で、玄室は胴張り状、側壁の持ち送りがかなり急な構造ですが、玄室の床面積は巨大で、最大幅は真弓鑵子塚に匹敵します。奥壁には1枚の巨石を配し、側壁は牛頭大の石材の隙間に棒状の川原石を詰め込んだいわゆる模様積みですが、まだデザイン的な要素は見られない段階のものです。この石室の最大の特徴は特異な天井石で、石材が主軸に対して斜めに構架され、複雑に入り組んでいます。持ち送りが急な石室では、最後に載せる天井石が石室を安定させる重要なポイントになりますが、このような天井構造で、なぜ、この石室が完存しているのか、まったく不思議です。巨大な玄室のわりには大きな天井石がなかったので、側壁を崩さないように積んでいったら、こうなってしまったのかも知れません。

  秋山古墳群

石室正面

玄室奥壁

奥から玄門方向、持ち送りがかなり急

複雑に入り組んだ天井石


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