兵庫県たつの市(旧御津町)の古墳


綾部山古墳群 【管理人推薦】

 旧御津町の海岸に面した綾部山一帯に分布する前方後方墳2基を含む37基からなる古墳群で、三世紀前半の39号墳のほか、横穴式石室墳17基などからなります。

16号墳、道路沿いにあり、横穴式石室が半壊、玄室長3.1m、幅1.4m、羨道長2.8m、幅1.3m

17号墳、径13mの円墳で、横穴式石室が開口、玄室長3m、幅1.6m、高さ1.45m、羨道長5m、幅1.1m。

18号墳、径13mの円墳

18号墳玄門、玄室長4.3m、幅2.1m、高さ2.6m、羨道長4.8m、幅1.3m、高さ1.6m。

39号墳、突出部を持つ不整形の多角形墳

国内最古の石囲い石槨から出土した銅鏡

 綾部山28号墳(正玄塚古墳)

 綾部山梅林内にあり、観光シーズンには入園料が必要。梅林絶景地としてすっかり観光資源化していて、見学後には正玄塚古墳前売店で休憩できます。しかし、看板の五世紀というのはちょっと無理があるのでは?墳形はすでに不明ですが、天井部が露出した横穴式石室は羨道の一部を除いて、ほぼ完存しています。全長10m、玄室長4.4m、幅2.2m、高さ2.8m、羨道幅1.4mの両袖式で、奥壁、前壁には巨石を使用しています。

   

左に3、2号墳、奥の森が1号墳(将軍塚:径38.5mの円墳)

19号墳、奥壁と右側壁のみ残る

23号墳か?

25号墳、長さ5.5mの石室が露出

輿塚古墳

 県史跡。旧御津町綾部山古墳群の東にある瀬戸内海沿いの独立丘陵上にある四世紀末の首長墓です。全長110mの前方後円墳で、葺石、円筒埴輪が認められますが、前方部は失われています。後円部墳頂に6m×0.38×0.7mの竪穴式石室がありますが、現在は雑草に埋もれていて、それらしい石材がわずかに見える程度です。

墳丘、前方部は消失

墳頂にある竪穴式石室の石材か?

石見北山古墳群

 旧御津町岩見、岩見港を見下ろす岩見北山斜面にあり、県道442号線から西へ登った薮の中に点在しています。弥生末期〜古墳前期の積石塚7基、後期古墳15基からなります。

3号墳横穴式石室、玄室長2.3m、羨道長2m

古墳名不明

権現山古墳群 【管理人推薦】

 旧御津町の北端、旧揖保川町との境にある権現山の尾根筋や南斜面一帯に築かれた西播磨最大の群集墳です。約170基からなり、ほとんどが横穴式石室を主体部とする後期の円墳ですが、一部前方後円墳、前方後方墳、方墳も含んでいます。東の揖保川沿いにある八王寺大権現のところから登り道があります。山頂に築かれた51号墳は全長43mの前方後円墳で、後方部の中央に竪穴式石室が設けられ、1989年の調査で、特殊器台と三角縁神獣鏡などが出土し、畿内と吉備の特徴を合わせ持つ最古級の古墳であることがわかりました。

85号墳、径12mの円墳で横穴式石室が半壊。全長5.2mの片袖式で、玄室はかなり崩壊している。

59号墳、全長24mの前方後円墳で、全長6.5mの横穴式石室の天井石が玄室に落ち込んでいる。

最古級の前方後方墳である51号墳、全長4.7mの竪穴式石室は埋め戻されている

54号墳、径13mの円墳で、4.7mの横穴式石室が露出、隣接して53号墳がある。

56号墳、全長7mの石室が露出。保存は良さそうだが、内部に土砂が流入している。

113号墳、石室は全長6.4mで、玄室の天井石はすべて落ち込んで、木が生えている。

111号墳、外護列石をもつ径18mの円墳。

111号墳奥壁、全長6.3mで持ち送りがかなり急。

山王山古墳

 旧御津町中島、公立御津病院北東の独立丘陵上に2基の古墳が並んでいて、東側が山王山古墳です。西側から登り道がありますが、現在笹薮に覆われてかなりの覚悟で突っ込んでいかないとたどり着けない状態です。一片24mの中期の方墳で、竪穴式石室が露出しています。蓋石はほとんどありませんが、側壁は良好に残っています。長さ5.56m、幅0.57〜0.83m、高さ1.05mの規模で、長軸は東西方向に沿っています。

竪穴式石室が露出

石室の小口側

小丸山古墳

 旧御津町中島、公立御津病院北東の独立丘陵上、山王山古墳の西隣りにあります。全長48mの前方後円墳と考えられますが、昭和30年代に墳丘がかなり破壊されたために、正確なことはわかりません。東西のマウンドにそれぞれ横穴式石室を持つ双室墳です。西石室(前方部)は南に開口していますが、墳丘北側とともに奥壁が破壊され、石材が崖下に落下しています。全長8.58m、玄室長3.1m、幅2.05m、高さ2.2m以上、羨道長5.75m、幅0.95mの両袖式で、羨道部はほとんど埋まっています。東石室(後円部)は位置的にはくびれ部に開口していて、玄室の天井石が失われていますが、それ以外は良く残っています。全長7.7m、玄室長3.35m、幅3.7m、高さ2.65m、羨道長4.35m、幅1.18m、高さ1.4mの両袖式で、玄室は正方形に近く、小型の石材を最大六段に積み上げ、羨道中央には閉塞石が残っています。

西石室、奥壁が破壊されている

西石室の玄門部

東石室正面、墳丘は上部が削平されている

東石室奥から羨道、閉塞石が残る

東石室玄門部

東石室玄室天井より、右が玄門部


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