宮崎県宮崎市中央部


下北方古墳群 【県史跡】

  宮崎市教育委員会発行「文化財探訪マップ」より

 宮崎市下北方町の住宅地と平和台公園に分布する古墳群で、前方後円墳4、円墳12基が県史跡に指定されています。1号墳は全長66m、後円部径38mの前方後円墳で、住宅地の中に墳丘が良好に保存されています。採取された埴輪から後期の築造とされています。2号墳は民家の庭内にあり、美しい植栽が施されています。

1号墳

1号墳、後円部から前方部

2号墳

 1号墳のすぐ北に3号墳があります。全長68m、後円部径36mの前方後円墳で、周囲をすっかり民家に囲まれています。4号墳は小さな円墳で、3号墳すぐ西の民家の合間にあります。

3号墳

3号墳、後円部から前方部

4号墳

 3号墳を取り囲むように5〜7号墳が分布します。北側の道路沿いに5号墳、北西の道路沿いに6号墳、西の民家奧に7号墳があります。いずれも円墳で、7号墳は美しく保存されています。

5号墳

6号墳

7号墳

 7号墳の西の交差点に8号墳があります。大きな円墳で、擁壁により、何とか現状保存されています。9、11号墳は、ほぼ同規模の円墳で、いずれも民家の奥まったところに保存されています。

8号墳

9号墳

11号墳

 平和台公園の平和の塔の裏山の尾根上に13、14号墳があります。反対側の第二駐車場から訪問する方が「楽」です。13号墳は自然地形を利用して築かれた全長113m、後円部径40mの前方後円墳で、群中最大です。円筒埴輪が巡っていたそうです。さらに奧に円墳の14号墳があります。平和の塔の北側には、はにわ園があります。

13号墳

13号墳、前方部から後円部

14号墳

平和台公園内のはにわ園


船塚古墳 【県史跡】

 宮崎市神宮二丁目の宮崎神宮社殿裏の荒れた林の中にあります。すぐ北側の宮崎県総合博物館からも接近可能ですが、明確な道はありません。全長76.8m、後円部径38m、前方部幅47mの前方後円墳で、周囲に幅13mの盾形周溝が巡ります。埴輪、葺石は見つかって居ません。墳丘は南側が大きく削られていますが、前方部の発達した後期の古墳と考えられます。

後円部と周溝

後円部


檍(あおき)1号墳

 宮崎市吉村町江田原、檍中学校の南隣にあります。砂堆上に築かれた全長55m、後円部径35mの前方後円墳で、前方部がバチ形に開いており、古墳時代初頭の築造と考えられます。発掘調査の結果、主体部は国内最大規模の木槨と判明し、後世に、割竹形木棺が追葬されていました。

後円部、右に前方部

後円部から前方部


高屋神社古墳

 宮崎市村角町にある高屋神社は、古墳の上に建っていると言われています。現在社殿の裏にマウンドが残っていますが、未調査のため古墳としての詳細は不明です。

神社が古墳の上に建っている?

社殿の裏にマウンドが残っている


宮崎県立総合博物館屋外展示石棺群

 

 宮崎神宮の北側にある宮崎県立総合博物館に三基の石棺が展示されています。左端は延岡市友内山出土の組合せ式箱式石棺で、蓋の上に石積みがされています。中央は延岡市小野出土のくり抜き式舟形石棺で、阿蘇熔結凝灰岩製です。右端は延岡市樫山13号墳出土の組合せ式箱式石棺で、剣一振りが副葬されていました。

延岡市友内山出土の組合せ式箱式石棺

延岡市小野出土のくり抜き式舟形石棺

延岡市樫山13号墳出土の組合せ式箱式石棺


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