愛知県名古屋市守山区志段味古墳群


志段味古墳群

 名古屋市の北東端、守山区上志段味に集中する前期〜後期の大古墳群です。東谷山西麓の国史跡白鳥塚古墳をはじめとする前期前方後円(方)墳、大久手池周辺の中期の帆立貝式古墳群、尾張最大の後期群集墳である東谷山古墳群などで構成されています。


 ■東谷山山頂の前期古墳群

 名古屋市の最高峰、標高198mの東谷山山頂に鎮座する尾張戸神社の社殿背後に尾張戸神社があります。前期古墳と考えられ、現状は径35mほどの円墳ですが、前方後円墳、あるいは前方後方墳との説もあります。尾根に沿って南へ150m下ると、中社古墳があります。全長60mの前方後方墳ですが、正確には、前方後方形の基壇の上に円墳を乗せた、上円下前方後方墳という非常に特殊な墳形をしています。上円部はかなり高さがあり、葺石が良好に残っています。四世紀後半と考えられています。さらに南へ200m谷間を越えて進むと南社古墳があります。径30mの円墳で、いわゆる尾張型の埴輪とは異質な土師質の埴輪片が出土しており、他の古墳とは異なった勢力の築造と思われます。築造時期は不明です。

尾張戸神社古墳

中社古墳後円部

中社古墳の葺石

南社古墳

 中社古墳で、2012年に史跡整備のための範囲確認調査が実施されました。西側くびれ部、後円部東側、前方部東西にトレンチを設定。前方部は中央部で幅が24mありました。くびれ部の位置もほぼ確定。多数の埴輪片が転落していて、特に埴輪が多く設置されていた可能性があります。

中社古墳、くびれ部後円部側の裾

くびれ部前方部側の裾

前方部西側裾

後円部東側の裾


 ■東谷山3号墳

 東谷山西麓にあった後期古墳ですが、宅地開発のため、山頂の尾張戸神社駐車場そばに石室が移築されています。全長5mほどの横穴式石室で、露出した天井石が平らなため、ストーンテーブルと通称され、ハイキングコースの名所になっています。

正面より

横から


 ■東谷山古墳群

 東谷山西麓、および南の尾根先端にかけて35基の後期古墳が分布し、名古屋市内では最大規模の後期群集墳となっています。山林、宅地、農地、公園など広い範囲に散らばっているので探索が大変ですが、とりあえず、東谷山フルーツパークの周辺にいくつか見学可能な古墳があります。フルーツパークの駐車場の前に東谷山への登山口があり、100mほど登った左側の林の中に28-A号墳があります。小型ながら、比較的保存の良い横穴式石室が開口しています。登山道を挟んで反対側の林の中に28-B号墳の石室が露出していますが、内部は埋まっています。登山道のすぐ先に小ピークがあり、そのはずれに27号墳の石材が露出しています。東谷山フルーツパーク(無料)の中、ビワ園の一画に31号墳があり、横穴式石室の基底部のみ保存されています。先ほどの登山口から山添いの道を北へ500mほど進むと、すぐ右側の道沿いに21号墳の石材が露出しています。

28-A号墳

28-A号墳石室内部

28-B号墳

27号墳

31号墳

21号墳


 21号墳から北へ200m進むと、変則的な交差点があり、そこから左奧の畑の中の道を行くと右側に12号墳があります。径16mの円墳ですが、墳丘はかなり改変されていて、横穴式石室も上部を失って露出しています。全長約6m、玄室幅1.5mほどの左片袖式です。

12号墳正面

12号墳石室奧から


 ■白鳥1号墳 【市史跡】

 東谷山の西麓、庄内川を見下ろす台地上に立地します。国道165号線沿いにあり、入口は施錠されていますが、隙間から石室が見学可能です。径17mの円墳で横穴式石室は全長9.9m、玄室長4.2m、幅1.6m、高さ2.4m、羨道長3.2mの両袖式で西向きに開口し、前庭部があります。名古屋市内では唯一完存する大型石室です。


 ■白鳥4号墳

 1号墳の南西50mにあります。径16mの円墳で、2005年の発掘調査で1号墳そっくりの大型の横穴式石室が検出されました。天井部が失われていましたが、それ以外は保存が良く、全長9.67m、玄室長3.89m、幅1.75m、現存高2.2m、羨道長3.5mで前庭部があります。閉塞石や敷石も良く残っています。入り口から外護列石が連続して巡っていました。奥壁右隅に土師器の壷が置かれていました。

石室正面、両側に外護列石が連続する

玄室、小型の石材を1号墳よりは丁寧に積んでいる

中から外

すぐ西にある5号墳、径10mほどの円墳


 ■白鳥塚古墳 【国史跡】

 東谷山の西麓、県立看護大学の北西の道路沿いにあります。全長105m、の前期前方後円墳で、周濠が巡り、ほぼ原型を保っています。2005〜2006年の調査で造り出しが3ヶ所で発見されました。墳丘は葺石に覆われ、一部に白色石英が使用されています。


 ■山の田古墳

 白鳥塚古墳の北西200m、集落内の狭い道路沿いにあります。墳丘は失われ、上部を失った横穴式石室が露出しています。全長約7m、玄室長3.5m、幅1.8mの両袖式で、残された石材はけっこう巨石です。

石室正面から、袖石がきっちり残る

玄室


 ■志段味大塚古墳

 白鳥塚古墳の西500m、大久手池の北東にある墳長54.4mの帆立貝式古墳で周濠が巡ります。墳頂には粘土槨が検出されています。出土した須恵器から五世紀後半の築造とわかりました。鶏、水鳥などの形象埴輪も出土しています。


 ■大久手5号墳

 大久手池の北端の土手に取り込まれた帆立貝式古墳で、2006年の調査で円筒埴輪列が検出され、五世紀後半、志段味大塚古墳に続く首長墓と判明しました。


 ■大久手池北側のその他の古墳

 大久手5号墳の西に東大久手古墳があります。五世紀末、墳長37.5mの帆立貝式古墳です。2008年に調査され、円筒埴輪列が検出されています。さらに西側に西大久手古墳が並んでいます。五世紀中頃、墳長39mの帆立貝式古墳で、ともに周濠が巡っています。志段味大塚古墳の西の住宅北側に大塚2、3号墳の円墳2基が並んでいます。

東大久手古墳

東大久手古墳の円筒埴輪列

大塚2号墳

大塚3号墳

 2007年に西大久手古墳、大久手3、4号墳が調査されました。西大久手古墳は前方部の端と周濠が検出され、東大久手古墳と墳丘が相似形である可能性が高まりました。すぐ西にある3号墳、南100mにある4号墳は、ともに墳丘の一部しか残っていませんが、3号墳は周濠を持つ一辺15mの方墳と推定されます。4号墳は、周濠が残っておらず、墳形は不明のままです。

西大久手古墳後円部、削平されている

検出された西大久手古墳の前方部

大久手3号墳

大久手4号墳


 ■勝手塚古墳

 白鳥塚古墳の西600mにあり、墳丘が勝手神社となっています。全長53m、後円部径40mの帆立貝式古墳で、前方部が極端に低く短い構造をしています。西側に濠跡が残っていますが、かつては二重濠だったみたいです。

 


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