栃木県那珂川町(旧馬頭町、小川町)の古墳


川崎古墳 【管理人推薦】

 町史跡。旧馬頭町久那瀬の川崎集落内にあります。全長49m、後円部径21mの前方後円墳で、葺石があり、南側が民家で削られています。その民家のすぐ裏に横穴式石室が開口。羨道部は失われていますが、玄室は完存。玄室長8.2m、幅1.6〜3m、高さ2.5mの両袖式で、県内最大規模の玄室です。玄室長は橿原市の丸山古墳に匹敵し、奥よりに胴張り状となっています。床面には拳大の礫が敷かれ、ほぼ中央にある間仕切り石で前後に仕切られています。側壁は小型の割石積みで、鏡石と天井石は巨石を使用しています。六世紀後半の築造と見られます。内容的には県史跡でもおかしくないのですが・・・。

石室開口部、民家のすぐ裏

石室床面の敷石と間仕切石

玄室奥壁

奥から入口方向

唐御所横穴墓(和見横穴墓群)

 国史跡。旧馬頭町和見2538、道の駅「ばとう」から国道293号線沿いに南700mの交差点に標識があり、そこから少し東に入ったところに駐車場があります。3支群21基からなる和見横穴墓群の中の1基ですが、他の横穴墓がドーム状であるのに対して、構造がまったく異なります。横穴式石室のように、前庭部、羨道、玄室からなり、全長4.78m、玄室長2.75m、幅2.34m、高さ1.9mの両袖式で、天井は中央に棟木を作り出し、左右を切妻風に傾斜させています。玄室にはコの字状に三つの棺台を作り出し、玄門の外側には戸をはめ込むための彫り込みがみられます。

周辺の横穴墓分布図

姫穴

唐御所横穴墓の玄門部、扉用の彫り込みの形に合わせて、現代の扉がはめ込まれています

玄室奥壁、天井は切妻屋根風

遠見穴

他の横穴は、このような綺麗なドーム状が多い


那須八幡塚古墳

 県史跡。旧小川町吉田、吉野工業所のすぐ北にあります。那珂川の河岸段丘にきずかれた全長60.5mの前方後方墳で、かつては前方部がかなり破壊されていましたが、現在は復元され、史跡公園化されています。発掘調査の結果、周囲には不整形の周溝が巡り、主体部は割竹形木棺と推定されます。四世紀中頃の築造です。

 

観音堂古墳

 旧小川町吉田、那須八幡塚古墳の北200mにある一辺31mの方墳で、各隅は丸く整形され、南側に小さな造出しがあります。周溝がめぐり、裾の一部に敷石が見られます。墳頂部は神社のために平らに削られ、墳丘の東側は削られて崖となっています。古式の須恵器が出土しており、前期の古墳です。

 

吉田温泉神社(よしだゆぜんじんじゃ)古墳

 おんせんじんじゃ、ではありません(^^)。旧小川町吉田、観音堂古墳の北200mにあります。現状では神社の社殿下にわずかに墳丘が残っていますが、発掘調査の結果、全長47mの前方後方墳で、周溝が巡っていたことが判明しました。那須八幡塚古墳に先行する四世紀前半の築造です。付近の調査で、葬送儀礼の祭祀が行われたと考えられる竪穴状遺構や、削平された20数基の方墳が見つかっています。

 

首長原古墳

 旧小川町三輪。国道293号線と県道233号線の交差点北東にあり、史跡公園となっています。径17m円墳で、葺石があり、二重周溝が巡っています。埋葬施設は横穴式石室で、全長5m、幅1.7m、高さ1.7mの無袖式で、側壁は川原石小口積み。奥壁には小さな鏡石を横に三枚並べ、床面には礫が敷かれています。入口近くに区画する石が並んでいます。六世紀後半の築造です。

整備された墳丘

石室正面

玄室奥壁、鏡石を横に三枚並べている

奧から外、入口近くに仕切り石がある

駒形大塚古墳

 国史跡。旧小川町小川。首長原古墳の北西500m、小川中学校の西にあり、公園となっています。全長60.5mの前方後方墳ですが、前方部はかなり削られています。埋葬施設は後方部墳頂下1.5mにあった木炭槨で、そこに3.1m×0.75mの木棺が納められていました。四世紀初め頃、この地域では最初に築かれた古墳です。

 


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