大分県中津市西部(旧三光村)の古墳


上ノ原横穴墓群(上ノ原遺跡)

 中津市三光佐知字上ノ原、中津バイパス新山国大橋交差点に標識があり、その周辺の山国川東岸の段丘に分布します。五世紀後半〜六世紀中頃にかけて築かれた横穴墓群で、中津バイパスの建設に伴い81基の大規模な調査が行われました。その結果、築造は三期に分類され、1、2期には短い横穴墓、3期には長い横穴墓が、それぞれ固まらずにほぼ交互に築かれています。これらは小グループの単位内で長期間横穴墓の造営が継承されていたことを示しています。現在は横穴墓はほとんど埋め戻されています。

右の地図の赤丸の位置

横穴墓のおおまかな分布状態


城の百穴横穴墓群

 中津市三光土田字城、中津バイパス新山国大橋交差点から国道212号線を南へ3km進むと、真坂小学校近くの道沿いに説明板が立っています。そこから山国川のほとりまで小道を進むと川沿いの崖面に30基以上の横穴墓が開口しています。前庭部を共有し、ほぼ横一線に並んでいます。羨道は短く、内部はドーム状で、床はかなり埋まっていそうです。

 

飾り縁のある横穴墓

横穴墓内部、ドーム状

横穴墓内部、奧から


臼木古墳群 【市史跡】

 中津市三光臼木字狭間、県道675号線沿いに4基の横穴式石室墳が一直線に並んでいます。東端の1号墳は奥壁側が開口し、内部はやや埋まっています。

1号墳、奥壁が開口

1号墳石室内部、羨道は埋まっている

 2号墳は道路沿いの墳丘上に小さな祠が建っているのですぐわかります。反対側に回ると、横穴式石室が露出しています。内部はかなり埋まっていますが、保存は良さそうです。

2号墳、墳丘上に祠が建つ

2号墳、石室が露出

2号墳、玄室奥壁

2号墳、石室奧から

 3号墳は墳丘が失われ、横穴式石室が完全に露出しています。ここにだけ詳しい説明板があり、それによると玄室長3.0m、幅1.8m、高さ1.45m、羨道長1m以上、幅0.95mの両袖式?で、奧壁から4.7mの位置に閉塞石があったそうです。

3号墳、石室正面より

3号墳、石室側面

3号墳、玄室奥壁

3号墳、石室奧から、両袖式か?

 西端の4号墳は墳丘が半分くらい残っていますが、横穴式石室の一部が崩壊しています。ほぼ、3号墳と同タイプの石室と思われます。

4号墳、崩壊した石室が露出

4号墳、玄室部分


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