千葉県成田市の古墳


公津ヶ原古墳群

 県史跡。成田ニュータウン内に保存された古墳群の総称で、現在39基が残されています。北から八代台古墳群、天王・船塚古墳群、瓢塚古墳群で構成され、それ以外に単独で存在する古墳もあります。広いニュータウン内に分散しているため、徒歩での見学は困難です。


 瓢塚古墳群

 成田市加良部六丁目、西中学校北西の向谷津児童公園内に保存されています。4基の古墳があり、公津ヶ原1号墳は径25mの円墳、同2号墳は径23mの円墳、同3号墳(瓢塚古墳)は全長65mの前方後円墳で周溝が巡ります。同4号墳は径15mの円墳です。

公津ヶ原1号墳

公津ヶ原2号墳

公津ヶ原3号墳

公津ヶ原4号墳

 成田市加良部に存在した瓢塚41号墳の横穴式石室が、ニュータウン建設に伴い、現在栄町の房総風土記の丘資料館前に移築されています。元々は17m×20mの方墳で、石室は18枚の板石を組み合わせて築かれた疑似両袖式です。

石室正面

石室後ろから

 天王・船塚古墳群

 成田市赤坂一丁目の赤坂公園内に、2基の古墳が保存されています。8号墳(船塚古墳)は全長85mの前方後方墳ですが、実際にはツヅミの形をしています。周囲には二重の周溝がめぐり、出土した埴輪片から七世紀の築造と見られています。

  8号墳(船塚古墳)

9号墳(天王・船塚2号墳)

 吾妻二丁目の吾妻小学校の校庭に4基の古墳が保存されています。17号墳は径13mの円墳、18号墳は径15mの円墳、19号墳は径19mの円墳、20号墳は径14mの円墳です。

17号墳

18号墳

19号墳

20号墳

 吾妻三丁目の北端に21号墳(天王塚古墳)があります。全長63m、後円部径35mの前方後円墳で、前方部に八坂神社、後円部に浅間神社の祠があります。群中では最大の古墳です。東隣りの吾妻神社本殿の下に吾妻塚古墳があります。径7mの円墳です。

21号墳(天王塚古墳)

吾妻塚古墳

 八代台古墳群

 玉造四丁目の住宅地の中の公園に22〜24号墳が現地保存されています。22号墳は径8mの円墳、23号墳は一辺18mの方墳、24号墳は一辺11mの方墳です。

22号墳

23号墳

24号墳

 ニュータウンの北端、八代の外小代公園の中に30〜38号墳が保存されています。30号墳は径10mの円墳、31号墳は径12mの円墳、32号墳は径12mの円墳、33号墳は径12mの円墳、34号墳は13.5mの円墳、35号墳は径12mの円墳、36号墳は径14.5mの円墳、37号墳は一辺12.5mの方墳、38号墳は全長23mの前方後円墳です。

30号墳

31号墳

32号墳

33号墳

34号墳

35号墳

36号墳

37号墳

38号墳

 公津ヶ原39号墳(伝伊都許利命墳墓)

 成田市船形、吾妻中学校の西1km、ニュータウンの西のはずれの麻賀多神社境内にあり、単独で存在します。一辺36mの方墳で、主体部は南向きに横穴式石室が開口、西側には箱式石棺が置かれています。また、大きな板石が二枚置かれていますが、何なのかは不明です。石室はわずかな隙間から覗くしか有りませんが、凝灰岩製の切石を積み上げた整美な終末期仕様で、完存しています。印波国造伊都許利命の墳墓と伝えられています。

墳丘

石棺

不明石材

横穴式石室内部


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