大阪府能勢町東部の古墳


野間中古墳群

 能勢町野間中塚本583、野間中駐在所のすぐ北の農地の中に東西に並んだA支群4基が保存されています。西端の1号墳は横穴式石室が開口していますが、羨道を削られ、現在入口が閉ざされています。玄室長3.5m、幅1.9m、高さ推定2.7m、羨道幅0.85mの両袖式で、玄室床面は埋まっていました。2号墳はすでに消滅し、石材がわずかに残っています。

A1号墳

A1号墳石室正面

A2号墳跡

 3号墳は説明板の後ろにある一辺9mの方墳です。横穴式石室は羨道の入口が埋まり、天井部が開口していますが、玄室は完存しています。全長6.4m、玄室長3.4m、幅1.8m、高さ2.3m、羨道長3m、幅1m、高さ1.6mの右片袖式で、西を向いています。玄室床面には敷石が残り、奥壁は小型の石材を積み上げています。

説明板の後ろに墳丘

羨道天井が開口

玄室奥壁

玄室奥から

 A支群の東端にある4号墳は墳丘がかなり流失していて、横穴式石室が露出しています。現状では側壁の一部と、落下した天井石だけが残っているだけです。なお、A2号墳のそばに、150m南の圃場整備で発見されたB支群のうち、1基の石室が移設されています。発見時、すでに基底部しか残っていませんでした。

A4号墳

A4号墳石室、天井石が落下

移設されたB1号墳石室


石原古墳群 【管理人推薦】

 能勢町上田尻東原69、石原集落から仏坂峠を越えて国道477号へ抜ける道の途中、天満宮への登り口の少し先の道沿いに3基の古墳が並んでいます。最も東にある1号墳は斜面に築かれた一辺13mの方墳で、墳丘も良く残っています。横穴式石室は道路沿いに谷奧に向かって開口し、全長8m、玄室長4.1m、幅1.7m、高さ2.1m、羨道長3.9m、幅1.1m、高さ1.4mの両袖式で、床面には礫、羨道には閉塞石が一部残っています。側壁は大きめの石材を横のラインを揃えて丁寧に積んでおり、しっかりした構造を感じさせ、ほぼ完存しています。

道路沿いに開口

羨道

玄室奥壁

玄室奥から

 2号墳は1号墳の西となりにある円墳ですが現状では畑となっています。そのとなりの3号墳も墳丘は不明確です。

分布図

2号墳?跡、右は1号墳の説明板


円山古墳群

  登り口

 能勢町上田尻東原131、石原古墳群の北300m、ボルツ(株)能勢工場のある山の南斜面に5基の古墳が残っています。山の南西から登り道があり、西から順に5〜1号墳が横一列に並んでいます。西端にある5号墳は径8mの円墳で、横穴式石室は天井部が開口。玄室長2.8m、幅1.5m、羨道長1m以上、幅0.8mの両袖式で小型ながら、良好に残っています。

5号墳

5号墳石室開口部

5号墳玄室奥壁

 となりにある4濠墳は径11mの円墳で、墳頂が陥没し、石材が少し残っています。

4号墳

4号墳、側壁材がわずかに残る

 5、4号墳から少し離れて3号墳があります。径9mの円墳で、天井石が散乱しています。横穴式石室は奥壁付近が残っています。玄室幅1.25mです。

3号墳、石材が散乱している

3号墳石室、奥壁付近が残る

3号墳玄室奥壁

 2号墳は径9mの円墳ですが、墳丘は崩れて、大きく陥没しています。

 

 東端の1号墳は径13mの最大の円墳ですが、現在石室前の斜面が崩れて崖状になっているため、見学にはかなり危険な状態です。横穴式石室は入口付近が崩れていますが、それ以外は完存しています。全長8.1m、玄室長3.4m、幅1.95m、高さ2.1m、羨道長4.7m、幅1.4mの両袖式で、巨石を使用した立派な石室です。

石室正面、倒木で覆われている

羨道部

玄室奥壁

玄室奥から


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