大阪府能勢町大貝谷古墳群


大貝谷古墳群 【管理人推薦】

 能勢町倉垣大貝谷、県道106号線と732号線の清正公前交差点から北に見えている尾根上と東の谷間に分布する群集墳で、3支群17基からなります。西隣りの尾根には弥五郎谷古墳群が存在します。


A1号墳

 A支群は西側の尾根上に7基の古墳が一列に並んでいます。尾根の先端にある1号墳は径10mほどの円墳ですが、墳丘は周囲を削られています。南南西に開口する横穴式石室は全長7.7m、玄室長3.3m、幅2m、高さ2.4m、羨道長4.4m、幅1m、高さ1mの両袖式で、全体的に小型の自然石を乱石積みしています。玄室は背が高く持ち送りがあり、能勢町でも初期に築かれた横穴式石室墳と思われます。

A1号墳、石室正面

A1号墳、羨道

A1号墳、玄室奥壁

A1号墳、玄室奥から


A2〜5号墳

 A1号墳から尾根に沿って登っていくと、A2、3号墳が並んでいます。さらに100mほど登るとA4、5号墳が近い距離で並んでいます。A2号墳は径15mの円墳、A3号墳は径14mの円墳、A4号墳は径11mの円墳、A5号墳は径20mの円墳で、いずれも低い墳丘が残っている程度で、石材もなく、主体部は横穴式石室ではないと思われます。

A2号墳

A3号墳

A4号墳

A5号墳


A6号墳

 さらに100mほど登ると、A6号墳の大きな墳丘が見えてきます。径20mの円墳で、横穴式石室が完存していますが、入口が埋没し、羨道の天井がわずかに開口。入ったが最後、出られそうにないので入室は諦めました。全長8.6m以上、玄室長3.6m、幅2.1m、高さ2.9m、羨道長3.2m以上、幅1.3m、高さ1.6m以上の両袖式で、1号墳よりは大きめの石材を使用し、高い天井が特徴です。

A6号墳、尾根上の墳丘

A6号墳、石室入口は埋没

A6号墳、石室内部


A7号墳

 A6号墳から尾根筋を東にはずれて200mほど進んだ緩斜面にありますが、冒頭の分布図の位置よりも、さらに奧になるので注意が必要。径18mの円墳で、横穴式石室が南西に開口。全長8.5m、玄室長3.8m、幅2.3m、高さ2.9m以上、羨道長4.7m、幅1.2m、高さ1.4m以上の両袖式で、羨道が細長く、天井が奧へ行くほど低くなる特徴があります。玄室は天井が高くて大きな空間を構築しています。保存状態も良好で、なかなか立派な石室です。時期的にはA1号墳とA6号墳の間に位置づけられます。

A7号墳、大きな墳丘

A7号墳、石室開口部

A7号墳、玄室奥壁

A7号墳、玄室奥から


B1、2号墳

 谷間の入口の民家東側から谷間を登っていく道があり、やがて説明板が見えてきます。その後ろにB1、2号墳が並んでいます。ともに径10mほどの円墳ですが、墳丘はかなり崩れています。2号墳は中央が大きく凹んでいます。

B1号墳の前に説明板と分布図

B1号墳

B2号墳


B3、4号墳

 2号墳からすぐ先、西側の尾根の斜面にB3、4号墳が並んでいます。B3号墳は径13mの円墳で、墳頂が大きく陥没しています。B4号墳は径12mの円墳で、こちらも墳頂が大きく陥没し、周辺に小さな石材が散乱しています。

B3号墳、墳頂は陥没

B3号墳墳頂

B4号墳、墳頂陥没

B4号墳、石材散乱


B5号墳

 B3、4号墳からすぐ東にB5号墳が見えています。径12mの円墳で、横穴式石室が開口。全長5.1m以上、玄室長3.5m、幅1.7m、高さ1.8m、羨道幅1.3mの右片袖式で、羨道や玄室の天井石が一部落下し、玄室奥壁も崩落していますが、何とか石室形態を保っています。

B5号墳石室開口部、手前に羨道の天井石落下

B5号墳、玄室奥壁

B5号墳、玄室奥から


B6号墳

 B5号墳から100mほど登った谷間の最奧にB6号墳があります。一辺13mの群中唯一の方墳で、横穴式石室が完存しています。全長6.6m、玄室長3.4m、幅1.6m、高さ1.6m以上、羨道長3.2m、幅1.1m、高さ1m以上の両袖式で、床面は少し埋まっています。奥壁には巨大な鏡石を据え、側壁も大きめの石材を持ち送らずに積み上げています。西浦古墳と似通っており、群中でも新しい時期の古墳と思われます。

B6号墳

B6号墳羨道

B6号墳玄室奥壁

B6号墳玄室奥から


B7、8号墳

 B5号墳とB6号墳の間にB7、8号墳が並んでいます。B7号墳は径7mの小さな円墳で、墳頂が陥没して石材が散乱しています。B8号墳は径6mの円墳で、墳丘はほとんど流失しています。

B7号墳

B8号墳


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