福岡県小竹町・直方市・糸田町・福智町の古墳


合屋古墳 【町史跡】

 小竹町御徳350、小竹中学校南側の道を東へ進み、二つめの三叉路を山沿いに左へ曲がると、すぐ左に標識があります。斜面に築かれた径15mほどの円墳で、複室構造の横穴式石室が完存しています。全長4.1m、後室幅2.3m、高さ1.8m、奥行きがないので、後室は丁字形です。小型で持ち送りがありますが、玄門も含めて複室をきっちり構築しており、狭い敷地を活かす匠の心意気を感じる石室です。

古墳正面

入口から奧方向

後室奥壁

後室奧から前室玄門方向


水町遺跡 【装飾古墳】【県史跡】

 直方市上境49-1、田川直方バイパス沿いにある九州ベークライト工業北側の道を入っていった場所にあり、水町遺跡公園として整備されています。水町池北側の低い尾根の南北両側にAB二支群、径70基の横穴墓と円墳1基が保存されています。うち、横穴2基に線刻画が描かれています。

 A支群

 墓道を共有する14支群約40基の横穴からなり、うちA3支群は内部が公開されています。玄室は綺麗なドーム状です。いずれの支群も最奧の横穴は墳丘を伴います。また、羨門部には天井石を設けている横穴もあります。A13-I号横穴墓には玄室右側壁に正体不明の線刻がありますが、現在は埋め戻されています。

 

墓道を共有するA3支群、最奧の横穴は墳丘を伴う

A3支群の奧の横穴開口部

玄室内部、ドーム状

右からA6、7、8支群、埋め戻されている

A13号横穴墓の線刻画(説明板より)

 B支群

 尾根の南側のB支群は22支群約30基の横穴からなり、うちB18支群は内部が公開されています。B18-1号横穴墓の羨道左側壁には鳥、木の葉?の線刻画が描かれており、柵越しですが、直に見ることができます。というか、手を伸ばせば届く位置なので、柵の意味がない・・・。

B19〜22支群

ほとんどが閉ざされている

内部が覗けるB17。18支群、右端がB18-1号横穴墓

B18-1号横穴墓の線刻画

 水町1号墳

 尾根上には、4基の古墳が存在していましたが、1号墳だけが保存されています。径10mの円墳で、主体部は1.8m×1.3mの横穴式石室です。床面には玉砂利が敷かれ、鉄刀、刀子各一本が出土しています。六世紀前半の築造で、現在石室は埋め戻されています。また、敷地内にはバイパス建設で消滅した福地神社境内遺跡出土の箱式石棺(弥生後期)が移築されています。

水町1号墳

福地神社境内遺跡出土石棺


岩屋(ごうや)古墳 【町史跡】

 糸田町鼡ヶ池、国道201号線見立交差点から北へ進むと鼡ヶ池があります。その北側の道を山沿いに左へ曲がると説明板があり、その向の山林内にあります。径24mの円墳で、墳丘、横穴式石室が良好に残っていますが、石室は一部補強が入っています。全長7.5m、後室長3.5m、幅2.2m、高さ2.7m、前室長2m、幅2mの複室構造で、鏡石や、側壁腰石、袖部に巨石を使用し、天井も高く構築しています。その割に羨道はショボくて、後から取って付けた感じです。六世紀後半の築造です。

羨道から前室方向

前室から後室の玄門

後室奥壁

後室奧から前室方向


伊方古墳 【管理人推薦】【県史跡】

 福智町伊方3946、伊方小学校すぐ北側の道路沿いにあり、田川直方バイパス交差点に標識が出ています。径32mの円墳で周溝が巡りますが、墳丘は東西を道路で削られています。主体部は複室構造の横穴式石室で、墓道を含め全長13.6m、後室長2.95m、幅2.3m、高さ2.94m、前室長2.7m、幅2.4m、高さ2.2mの筑豊最大規模の大型石室です。巨石をふんだんに使用し、石材の間には粘土が詰められた丁寧な造りです。石室は普段は施錠されていて、春秋に日を決めて公開されます。

 

古墳正面、墳丘は復元整備されている

入口から奧方向

後室奥壁

後室奧から前室玄門方向


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