福岡県小郡市の古墳


花立山穴観音古墳 【管理人推薦】【装飾古墳】【県史跡】

 小郡市干潟1535、大きな独立丘陵である城山(花立山)の南西山麓にあります。県道53号線から城山公園へ向かう道を手前で右折して農地の中を進むと林の前に説明板があります。長らく円墳と考えられてきましたが、2005年までの調査で、全長33m、後円部径22mの帆立貝式古墳らしいことがわかりました。墳丘は大規模な平坦面を造成した上に築かれ、周囲には幅の広い周濠が巡っていました。主体部は南に開口する大型の横穴式石室で全長12.3m、後室は3.4×2.5×3.5m、前室は2×2.2×2.2mの複室構造で、奥壁上部には石棚状に石材が張り出しています。石室は古くから開口し、信仰の場となってきました。周辺には約300基からなる花立山古墳群が群集しています。

古墳正面、墓道?が長い

石室羨道から前室

前室から後室

後室奥壁

後室奥から玄門方向、左袖石に線刻がある

前室の玄門、奧から

 線刻は六石の八ヶ所に確認されており、後室左右側壁、後室左袖石、前室側壁に格子紋、斜格子紋、連続三角紋、船?の線刻があります。

後室左袖石の斜格子紋

後室側壁の船?

後室側壁の船の右下の斜格子紋

後室側壁の線刻

後室側壁の線刻

後室側壁の線刻

花立山古墳群

 花立山穴観音古墳のある城山(花立山)一帯には約300基もの古墳が群集しています。しかし、ほとんど整備されておらず、また山全体の広い範囲に分布するので、見学するのは困難な状態です。穴観音古墳の背後にも多数の古墳がありますが、薮の中にあり、保存状態の良いものはありません。その中で穴観音古墳のすぐ後ろにある古墳(墳丘上に小さな祠がある)は玄門部分が残っています。両袖式で、右袖石に線刻らしきものがあります。他の古墳はほとんど墳丘が大きく陥没しています。

穴観音古墳のすぐ後ろの古墳の玄門

玄門の内側から

右袖石の線刻?

さらに奧の古墳、墳丘陥没

こちらも大きく陥没

ほとんどの古墳が陥没している


津古1号墳

 小郡市津古永前641-34、西鉄津古駅の南西500m、みくに野団地の中にあります。三国丘陵に築かれた前期の津古古墳群のうち、唯一1号墳だけが古墳公園として残されています。四世紀初めに築かれた全長42m、後円部径24m、前方部幅12mの前方後円墳で、前方部は低く、埴輪、葺石はありません。未調査のため、埋葬施設は不明です。

古墳公園内に保存

後円部から前方部


井ノ浦1号墳

 

 小郡市三国が丘五丁目、西鉄三国が丘駅のすぐ東の井ノ浦近隣公園内にあります。径23mの円墳で、二段築成のテラスが良く残っています。主体部は横穴式石室だそうです。


横隈山古墳

 

 小郡市三国が丘五丁目、井ノ浦公園から南に200m、三国幼稚園の南の住宅地の中に一ヶ所だけ丘陵が残されていて、その上にあります。五世紀中頃に築かれた全長36mの前方後円墳で、墳丘はかなり失われています。本格的な調査が行われおらず、埋葬施設は不明です。


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