愛知県岡崎市北部の古墳


甲山古墳群 

 岡崎市六供町、市街地の中にある独立丘陵甲山の頂上付近にあり、4基からなりますが、現存2基です。頂上にある1号墳【市史跡】は前期末の径60mの円墳と推定され、葺石、埴輪片が見られます。状態は良くありません。南側に小円墳の2号墳がありますが、大きく破壊されています。

実測図、右端が2号墳

1号墳

1号墳墳頂、三角点あり

2号墳、大きく破壊


蔵前古墳 【管理人推薦】

 岡崎市西蔵前町46、県道39号線の青木橋北詰から1本西の通りに入り、すぐ次の角を西へ曲がると、日神宮 蔵前古墳と書かれた小さな小屋があり、その後ろに古墳があります。13m×10mの円墳で、南側に横穴式石室が開口。全長8m、後室長3.2m、最大幅1.7m、高さ1.7m、前室長2.3m、幅1.4m、羨道長1.75mの複室構造で、前室、羨道の天井石が失われていますが、それ以外は完存しています。石室内は何やら怪しげな新興宗教風に整えられ、信仰の場となっているようです。

石室正面

前室

後室

後室奧から


岩津1号墳 【管理人推薦】【県史跡】

 岡崎市岩津町西ノ坂80、岩津団地内に元6基ありましたが、現在は1号墳のみ公園の中に修復されて保存されています。推定径18mの円墳で、主体部は全長10m、後室長4.7m、最大幅2.1m、前室長2.7m、最大高さ2.9mの複室構造の横穴式石室です。一部の石材にはベンガラが塗られていました。入り口にはやはり柵があり、某H氏はこの隙間から中に入れたということですが、私にはとても無理でした。現在柵が新しくなり、完全に入れなくなりました。


天神山古墳群

 岡崎市岩津町の岩津天満宮裏山の尾根上の広い範囲に点在する9基からなる群集墳ですが、保存状態が悪く、整備もされていないので見学するのは困難です。神社東の駐車場から東へ500mほど登ったピークにある3号墳は墳丘はほとんどなく、全長4.8m、幅1.2mの横穴式石室だけが残っています。現状は石室を樹木で覆い隠しているため、全然見ることができません。

 

 北へ150mの位置に2号墳があります。墳丘は残っておらず、横穴式石室の基底部が残っています。全長7.6m、最大幅1.74mの疑似両袖式で、玄室は胴張り状です。羨道は1mしかありません。

石室入口部

玄室

 すぐ北に1号墳があります。墳丘は残っておらず、横穴式石室の基底部が残っています。全長8.75m、玄室長7.3m、最大幅2.2m、羨道長1.2mの疑似両袖式で、玄室は胴張り状。2号墳石室とほぼ同じ構造で、羨道はハの字に広がっています。

 

 1号墳の東隣りに6号墳があります。墳丘は残っておらず、横穴式石室の上部が露出しています。全長4.65m、玄室長3.4m、最大幅1.2m、羨道長1mの疑似両袖式です。側壁はほとんど直線状です。

石室入口部

玄室奥壁(左側)

 1号墳の北360mの丘陵上に4号墳があります。半壊した横穴式石室の基底部だけが残されています。全長7m、玄室長3.4m、後室長3.6m、前室長1.2m、最大幅1.6m、羨道長1mの複室構造で、袖石だけで各室を区画した疑似両袖式です。玄室は胴張り状、短い羨道はハの字に開いています。

石室正面

前室の袖部

 4号墳の西200mの尾根からやや南よりに7号墳があります。奥壁の鏡石と側壁の石材が少し見られる程度です。残存長2.9mの小さな石室です。さらに西250mのピーク上に8号墳があります。奥壁と側壁の石材が一部露出しています。石材としては大きめです。南50mに9号墳がありますが、奥壁と思われる石材が残っています(これが9号墳なのか、未確定)。そこから南東150mの送電塔南斜面に5号墳がありますが、それらしい石材が散乱しているだけで、不明確です。

7号墳

8号墳

9号墳?

5号墳?


中ノ坂古墳群 【管理人推薦】

 岡崎市真福寺町、岩津高校東側の東名高速道路と県道の交差点周辺に分布する9基からなる古墳群です。東名道の建設などで多くは消滅し、残っているのは3基のみですが、すべてで横穴式石室が見学可能で、しかも1、9号墳では大型の複室構造の石室がほぼ完存しています。

 1号墳

 岩津高校グラウンドの北東端に隣接した山林内にあります。フェンスのすぐ向こうです。墳丘はかなり削られ、天井石が露出していますが、石室は羨道が半壊している以外は完存しています。全長6.7m、後室長3m、幅1.85m、高さ2m、前室長2.7m、幅1.9m、高さ1.7m、羨道長1mの複室構造・疑似両袖式です。一部に切石を使用しています。袖部は柱石にマグサ石を乗せて立派な玄門を築いています。玄室奧側の天井石が割れて落下しかかっています。

石室正面、羨道は半壊

前室

後室奥壁

後室奧から

 4号墳

 1号墳の東、東名高速と県道の交差点から西側の側道を登っていき、高速の上の陸橋を東へ渡ると、右側に送電塔があります。その南側斜面に9、4号墳が隣接しています。下側の4号墳は墳丘は残っておらず、天井部を失った横穴式石室が露出しています。全長7.2m、玄室長3m、最大幅1.8m、羨道長4.2m、幅1.2mの疑似両袖式で、玄室は胴張り状、羨道は直線状です。玄門部には間仕切石が置かれています。奥壁は高さ1.75mの一枚石、側壁は割石を持ち送って積んでいます。周辺に天井石が転がっています。

石室上部から

玄室奥壁

奧から、羨道は埋まっている

玄室右側壁

 9号墳

 

 4号墳のすぐ上にあります。目の前は東名高速道路で、昭和41年に東名道の工事で石室が現れ、発見されました。斜面に築かれた背面カットのある径20mの円墳で、外護列石も巡っていましたが、西側は東名道で削られています。横穴式石室は群中最大で、全長10m、後室長4.6m、最大幅2.2m、高さ1.6m、前室長2.7m、幅1.8m、羨道長1.3mの複室構造です。玄室は奧が狭くなり、前室は長方形です。羨道は崩壊して、巨大な天井石が入口前に落下しています。しかし、目の前を車が高速で通り過ぎていきますが、おそらく車の方からは一瞬で、古墳の存在には気付かないでしょうね。

石室正面、羨道天井石が落下

前室

後室奥壁

後室、奧から


上平古墳

 細川町上平87、矢作川を渡る国道248号線葵大橋の東詰交差点から北へ100mほど進んだ左側にあります。矢作川を望む河岸段丘上に築かれた径15mほどの円墳ですが、墳丘は北側を道路で削られ、西側は庭として利用されかなり改変されています。南側に横穴式石室が露出していますが、内部はかなり埋まってしまっています。

墳丘北側は道路で削られている

石室入口、内部は埋まっています

天井部が開口するも、内部はやはり埋まっています


石田1号墳 【管理人推薦】【市史跡】

 細川小学校南に1、2号墳が隣接しています。径20m、高さ3.5mの円墳で、主体部は全長8m、最大幅2.6m、高さ2.7mの複室構造の横穴式石室で奥壁に沿って仕切り石を立てて石棺状の施設を造っています。また、前後室の境天井には横長のマグサ石が隙間をあけて架かっています。


石田2号墳 【市史跡】

 径23mの円墳で全長9.6m、最大幅2.7m、高さ2.5mの横穴式石室は単室構造で玄室は胴張タイプです。八の字に開く前庭部があり、それに続く外護列石も確認されています。現状は草に覆われていて、石室見学は困難です。

墳丘全景

横穴式石室の天井部

横穴式石室の入口


雨戸古墳

 元、細川町上屋敷にありましたが、圃場整備のため、新香山中学校に石室が移築されています。全長4.5m、幅1.5mの竪穴系石室で玄室は長方形をしています。石室は北向きで、矢作川をはさんで対峙する豊田市の平野を臨んでいました。


古村積神社古墳

 全長31mの帆立貝式古墳ということですが、たぶん社殿横のこの高まりでしょう。(未確定)

 


鳥ケ根古墳

 岡崎市の北端、北斗台団地の開発に伴い、団地内の第2公園内に移築保存されています。径12mの円墳で、横穴式石室は全長6.2m、小型の石材を積み上げ、側壁には持ち送りがあります。


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