兵庫県小野市東部の石棺群


小野南中学校石棺

 小野市大島町の小野南中学校中庭にあります。小型の組合せ式石棺の底石ですが、溝部の加工精度がとても高い逸品です。市内黍田町の毛無山古墳から出土したものだそうです。

加工レベルの高い底石

非常に精巧な溝の加工

片山観音堂石棺板碑

 小野市片山町の集落の南端にある観音堂の隣りにあります。大型の組合せ式石棺底石を転用した板碑ですが、彫られた内容は磨滅してしまっています。あるいは墨書の板碑だったのかも知れません。側石をはめるための溝が良く残っています。

人目で底石とわかります

溝加工も良好に残ります

葉多町石棺

 現在小野市西本町の小野市立好古館の敷地内に置かれていますが、元々は近くの水路に架かる橋として利用されていました。大型の組合せ式石棺の底石で、溝に組み合わせる側石も大きな物が想定されます。

橋にするにはいいかも・・

豪快な溝

長清寺石仏

 小野市王寺町の長清寺墓地の片隅にあります。ほぼ正方形の石棺側石と思われる石材に阿弥陀三尊像を彫り出しています。材質は凝灰岩ですが、実際に石棺材なのかどうかは決め手を欠きます。

加工レベルの高い底石

裏側

天神町石棺

 小野市天神町、小野市民病院の南東300m、集落から南の崖を下っていく小道を降りきったところに小さな小川を渡る橋があります。この橋が石棺材の転用です。裏側を覗き込むと二枚の石材が使用されているようですが、加工があまりされていないので、側石かと思われます。なお、兵庫県立考古博物館などで入手可能な「加古川流域歴史文化遺産マップ(石棺)」では、地図の位置が「天神町石棺板碑」と入れ替わっていますので、ご注意ください。

現役の橋として利用されている石棺材

橋の裏側、二枚並んでいるようです

天神町石棺板碑

 

 小野市天神町、国道175号線と県道の天神町交差点の東100m、県道の1本南の市道から民家裏の空き地の向こうに見えています。石棺の底石を転用した板碑ですが、板碑の前に小祠があって内容はわかりません。溝は良く残っています。

溝が良く残っています。

裏側

黒川町石棺

 

 小野市黒川町、大歳神社境内に2基の石棺材が置かれています。元々は近所の水路の橋と使用されていた家形石棺の蓋石で、ともに小型の石材です。うち、1個は珍しい赤色の竜山石です。

ほぼ同じ大きさの家形石棺蓋石

黄色い方の側面

浄土寺石棺仏群、および石棺

 小野市北丘町の浄土寺境内にあり、国宝浄土堂の前に石棺仏3基、石棺の蓋1基が1ヶ所に集められています。右端の地蔵石棺仏は126×57×20cmの凝灰岩製の組合せ式石棺の底石を再利用したもので南北朝前期の作品です。隣の来迎弥陀三尊石棺仏は同じく凝灰岩製の石棺底石を再利用したもので、73×59×22cmの大きさで上半分を欠いています。南北朝前期の作品です。左端の種子曼陀羅石棺板碑は、67×58×18cmの凝灰岩製の石棺底石に天蓋と金剛界曼陀羅を表現したもので、かなり磨耗しています。南北朝前期のものと思われます。石棺仏群の隣りに、170×80×20cmの家形石棺の蓋石を利用した水槽が置かれています。

地蔵石棺仏

来迎弥陀三尊石棺仏

種子曼陀羅石棺板碑

家形石棺蓋石


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