岐阜県大垣市の古墳


昼飯大塚古墳

 大垣市昼飯町、国指定史跡。豪族首長の墓にふさわしい四世紀後半の大前方後円墳です。全長150m、後円部径96m、高さ13mで前方部、後円部とも三段に築かれています。埋葬施設は後円部中央にある墓坑の中に竪穴式石室と粘土槨と木棺直葬跡が1基ずつ発見されました。

右が前方部

後円部から前方部

竪穴式石室内部

粘土槨の一部

二ツ塚古墳

 大垣市昼飯町、昼飯大塚古墳の東100m、赤坂総合センターのすぐ北にある公民館を挟んで東西に大塚1、2号墳の2基の小古墳があり、合わせて二ツ塚古墳と呼んでいます。西側の大塚1号墳は現状で径15mくらいの円墳に見えますが、墳丘はかなり崩れています。2007年の調査で、方形にめぐる周溝が検出され、方墳である可能性が高まっています。東側の大塚2号墳は径16mの円墳ですが、現状は小さなマウンドが残っているだけです。

大塚1号墳

大塚2号墳

車塚古墳

 大垣市昼飯町、赤坂総合センターの南50mの公園内にあります。墳丘はほとんど残っていませんが、石灰岩で築かれた横穴式石室が露出しています。長さ8.2m、幅3.3mの石組みで、内部は完全に埋まっています。

古墳全景、墳頂に古墳供養塔がある

石室正面

玄室付近

石室側面より

鉄砲塚古墳群

 大垣市昼飯町、東海道本線西側の矢橋工業西側一帯に分布する古墳群で、弥生中期の集落跡である東町田遺跡と範囲がほぼ一致します。工場西端の敷地内に小型の墳丘が1基、その西50mに、低いマウンドが1基、その南西200mの道路沿いの林の中に大きな円墳1、小円墳数基が残っています。林の中の古墳に1〜3号墳の名称がつけられています。

工場敷地内にある小円墳、墳頂に祠がある

工場の西100mにある低いマウンド

林の中の大きな円墳(1号墳?)

その他の小円墳群

粉糠山古墳

 大垣市青墓町、昼飯大塚古墳の西500m、県道216号線と東海道本線の立体交差のすぐ西にあります。全長100m、後方部長さ50mの東海地方最大の前方後方墳で、四世紀末頃の築造です。古墳は現在、上部を削平され、墓地となっています。

 

矢道長塚古墳

 大垣市矢道町の田圃の中に残されています。四世紀後半の全長87mの前方後円墳で、左右で周濠の形が違う珍しい構造です。墳丘はかなり削平されており。後円部は主体部だけが円墳のように独立して残されています。2004年の調査で南側に隣接して方形周溝墓群が発見されました。

前方部

これが主体部

高塚古墳

 大垣市矢道町の長塚古墳のそばにありましたが、大正時代に土取りのために消滅し、現在は石碑だけが建っています。五世紀前半の全長70m以上の前方後円墳で、主体部は竪穴式石室でした。

 

牧田古墳群山村支群

 大垣市上石津町大字牧田字山村、山村バス停から北へ500m、東名高速の地下道をくぐってすぐ、砂防ダムの東の山林内にあります。9基からなりますが、東名高速の工事で1〜5号墳が消滅。保存された古墳のうち、7号墳で横穴式石室が残っています。現存長5m、幅1.5m、高さ1.7mの無袖式で、床面には石が敷かれています。7号墳の前に卒塔婆があり、これが5号墳かもしれません。7号墳の奥に石材が散乱した9号墳?があります。ほかは不明です。

7号墳

7号墳玄室奥壁

破壊された古墳の石材で築かれたように見える五輪塔

9号墳?

牧田古墳群桂谷支群

 大垣市上石津町大字牧田字二又、上記の山村支群の西500m、大きな工場の北西、東名高速のすぐ北の山林内にあります。集落内の道に標識が出ていますが、それには二又古墳群と記されています。しかし、実際の二又支群はさらに西200mにあり、東名高速でほとんど破壊されているため、見学できる状況にありません。桂谷支群は9基の円墳からなり、未調査のため、内容は不明ですが、地元住民により、見学しやすく整備されています。最大の円墳(仮称1号墳)は径20mほどあり、外護列石が巡っています。石室は埋まっていますが、かなり大きそうです。隣の仮称2号墳は、径15mの円墳で、盗掘され、石材が散乱しています。群中、最高所にある仮称8、9号墳は、石室が露出していますが保存状態は良くありません。

最も巨大な仮称1号墳

隣の仮称2号墳、石材が散乱

仮称8号墳、松の木の根元に石室露出

仮称9号墳石室


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