岐阜県大垣市南部(旧上石津町)の古墳


牧田古墳群山村支群

 大垣市上石津町大字牧田字山村、山村バス停から北へ500m、東名高速の地下道をくぐってすぐ、砂防ダムの東の山林内にあります。9基からなりますが、東名高速の工事で1〜5号墳が消滅。保存された古墳のうち、7号墳で横穴式石室が残っています。現存長5m、幅1.5m、高さ1.7mの無袖式で、床面には石が敷かれています。7号墳の前に卒塔婆があり、これが5号墳かもしれません。7号墳の奥に石材が散乱した9号墳?があります。ほかは不明です。

7号墳

7号墳玄室奥壁

破壊された古墳の石材で築かれたように見える五輪塔

9号墳?


牧田古墳群桂谷支群

 大垣市上石津町大字牧田字二又、上記の山村支群の西500m、大きな工場の北西、東名高速のすぐ北の山林内にあります。集落内の道に標識が出ていますが、それには二又古墳群と記されています。しかし、実際の二又支群はさらに西200mにあり、東名高速でほとんど破壊されているため、見学できる状況にありません。桂谷支群は10基の円墳からなります。未調査のため、内容は不明ですが、地元住民により、見学しやすく整備されています。最大の円墳(仮称1号墳)は径20mほどあり、外護列石が巡っています。石室は埋まっていますが、かなり大きそうです。隣の仮称2号墳は、径15mの円墳で、盗掘され、石材が散乱しています。群中、最高所にある仮称8、9号墳は、石室が露出していますが保存状態は良くありません。

最も巨大な仮称1号墳

隣の仮称2号墳、石材が散乱

仮称8号墳、松の木の根元に石室露出

仮称9号墳石室

 1号墳は径17mの円墳で、二段の列石や貼石を持ち、10基からなる桂谷支群の盟主墳です。2009年度からの調査で横穴式石室が検出されました。全長4m、幅1mの規模で、床面はかなり埋まっています。出土した須恵器から七世紀初頭の築造と思われます。

  1号墳墳丘、目の前は東名高速

かなり深い位置にある石室

石室正面から羨道部

石室内部

玄室奥壁

 1号墳の東隣りに2、3号墳があります。2号墳は低い墳丘の中央が陥没しています。3号墳も墳丘は低く、石材が散乱しています。

2号墳

3号墳

 山道の北側に4〜10号墳が密集しています。4号墳は石材散乱、5号墳は玄室奧側が残存、6号墳は墳丘が良好に残存。7号墳は石室基底部が残存。8、9号墳は墳丘に石室の一部が露出。10号墳は石材が散乱しています。

4号墳

6号墳

5号墳

5号墳石室

7号墳石室

7号墳石室奧から

8号墳

9号墳

10号墳


<ホームへ戻る>

inserted by FC2 system